- 2009-05-26 (火)
- 中島
先週の土曜日、新宿の[ベルク]を出たあと、神保町でのアメリカ出版研究会に出席する。
書店の現状というテーマだったが、いきなりショッキングな数字に驚愕。国内の書店数は2000年時点で100とすると、2009年には72に減っている。
「でも、コンビニがあるやん」
コンビニエンスストア(CVS)には雑誌、それも「CVSで売るような大部数かつ廉価の雑誌」しか置いてないし、置かれるサイクルも非常に短い。売り切れそうになっても店単位で追加を入れたりはしない(大人気の特集で重版があるが、ごく希)し、陳列サイクルが終了した時点で「即返品」である。
「すぐに売れるもんやないけど、こういう商品は置いとかんとな」というのがない。逆にそれを大事にする「街のよろず相談所」的な役割で、本屋は愛されてきた。
「子供が病気になった」「リボンの結び方のガイドは」「江戸川乱歩の小説」「小学校3年の算数ドリル」「手紙の書き方」「ドラえもんの最新刊ある?」「年賀状どうしよう」「将棋の雑誌」「ケーキの焼き方」「ここらへんの地図がほしい」「芥川賞の受賞作」「朝ドラの特集は」…
棚をすぐ探す人もいれば、なじみの店員さんに声をかけて探してもらう。よく考えたらそういう街の小さな書店さんのおかげで、私は『小学○年生』や『少年マガジン』だけでなく百科事典や世界の名作文学(あまり読まんかったが)にたやすく触れることができた。
叔母が買ってくる『週刊平凡』で加山雄三の歌詞を覚え、母あてに配達される『暮しの手帖』でモノとの付き合い方を教えてもらい、父が買って帰る『宝石』のヌードグラビアを見て下半身が固くなったりした(苦笑)。
病気で熱を出した時は、「本を買ってもらえる絶好のチャンス」である。『オバケのQ太郎』や『巨人の星』のコミックを自宅から1キロほど離れた書店から配達してもらっていた。それらはすべて西鉄雑餉隈(ざっしょのくま)駅前の[筑紫書房]を通じてである。もう40年近くも前、博多に住んでいた頃の話である。
書店さんはわが家の家族構成から趣味まで全部ご存じだったと思うし、ご近所さんの「生活」を知っているという意味で、「街の入り口」でもあったと思う。
9年前に100軒あった街の書店がいまや72軒。けれどこの数字は「街の書店を必要とする人々が28%減った」ということでは決してない。街の書店が「CVSに毛の生えた品揃えしかしていない」「書名を聞いても反応がない」ならば足が遠のくけど、「客商売」をしっかりやっている店は強いし、「同じならあそこで買おう」と客は寄ってくる。
大阪市中央区安堂寺町(谷町六丁目駅の近く)にある[隆祥館書店]は、規模は小さい方だし品揃えにも限りがあるが、お客さんからの問い合わせや注文があってからの対応がむちゃくちゃ速い。近くに24時間営業のCVSも当然あるが、客は店の人と話をするうち、いつもの雑誌のほかに「初めて知った本」をついでに買って帰る。
店に立つ二村(ふたむら)知子さんは最近、インフルエンザ騒動の中で不思議な体験をしたそうである。
「休校になった子供たちが、急に店に来るようになったんです」
聞けば、図書館にも行ってはいけないと言われたらしく、それで書店に足が向く。「何かいい本ない?」と聞いてくる子供に、二村さんは「じゃあ伝記を読んだら?」と薦めた。休校期間中はそんなやりとりが多かったそうである。ターミナルの大型書店では絶対無理な対応だし、もちろんコンビニでもアマゾンでも「何かいい本」では探しようがない。
この店は月額3,000円以上購入したお客さんには配達もするそうで、マタニティのお母さんには率先してお届けします、とも。そのことで、共働きしているお父さんからもお礼を言われたらしい。
「まだまだ地元の店の役割ってあるんだなぁ、と改めて思いました。お金儲けだけ考えたら、本屋なんて絶対アカンと思いますし、売りたい本が入らなくて心が折れそうな時もあるんですが、お客さんの存在が支えてくれますね」
店の人間から顧客に「あなたにはこれが」という「リコメンド(お薦め)」があり、「リスペクト(敬意)」が贈られる。それらは決してウン十万のスーツや時計がほしい客にだけついてくるものではない、ということを二村さんの[隆祥館書店]は日々実践している。
関西では服屋であろうがイタリア料理店であろうが客商売に必ずこの「リコメンド」や「リスペクト」がつきもので、これに「品質間違いナシの商品」があれば無敵だが、出版については一番決定的な「商品」がぐらついているから始末が悪い。
100→72の正しい読み方は、「お金を出して買う価値のある出版物が28%減った」である。版元がどこであれ、私たちのつくった本も勘定に入れなければいけない。新刊の販売金額はこの9年間で2兆4,000億円→2兆円へと、4,000億円も減った。開発途上国のGDPに匹敵する金額だ。
逆に増えたものが二つある。一つは「出版点数」、もう一つは「売り場面積」である。
前者は、書籍だけで67,000点→76,000点と9,000点も増えた。普通ならそんなに増やせば全体の売上も上がるはずだが、そうなってはいないぶん悲惨さが深刻だ。売れないから「本を出してしのぐ」という最悪のスパイラル。そんな手で出版社は「しのいだ」つもりでも、アホの一つ覚えのように出す本にいい結果がついてくる訳がない。編集者も販売担当者も疲弊し、店の人間が返品処理に手足を取られ、接客どころではなくなってくる。
後者は、28%も書店が減っているのに面積が増えているという不思議な現象だ。郊外型、ターミナル型の巨大書店の売り場が増えたからだが、二村さんのようにきめ細やかな接客をする人も一緒に増えている訳ではもちろんない。そんな店の営業を支えるのは、お客となるべく目を合わせたくなさそうにしているアルバイト君たちである。
そういう「めでたくない」状況が絨毯爆撃のように続く中で、故郷の[筑紫書房]はまだやっているだろうか…おそるおそる電話をかけると、年配の、でもハキハキした声の持ち主が出られた。
「ハイ、筑紫書房です」 「あのぉ(緊張)、私はいま大阪で140Bという出版社をやっている中島と申しますが、実は40年ほど前まではそちらに住んでおりまして……」
しどろもどろの説明だったが、 どうやら理解してくれたらしい。店主の奥様である古城戸(ふるきど)和子さんはもう70を過ぎておられるが、ご自身で自転車に乗って配達もされている。わが家のかつての住所を言うと、「じゃあ、ナリトミさんやヤマグチさんはご存じ?」と、40年前のご近所さんのお名前まで出てきたからびっくり。
「雑餉隈の駅前もシャッター通りになって、あなたが住んでおられた頃に比べるときっと寂しい街になってますよ。でも本屋があると元気が出るって言われるもんですから何とか続けていますけど、もう歳ですからねぇ…」
100万円売り上げても20万円しか手元に残らず、毎日荷を開け返品処理をし、合間に配達をするという書店経営の大変さしんどさを語ってくれた。が、言葉の奥から「この街で書店を続けてよかったし、だから今日まで続いてきた」という静かな誇りが伝わってくる。少なくとも私にとっては、[筑紫書房]が少年時代の最寄りの書店であったことや、わが家がそこから配達してもらえる客であったことは、「しあわせ」だったとしか言いようがない。そして最後に
「大阪で、出版社をなさってる? 同じ世界に入っていただいて、うれしいことですね。大変でしょうけど、今が働き盛りなんだから、体に気をつけて頑張ってください」
逆に励まされてしまった。 私たちがこれから出す本が、街の書店さんに「リスペクト」を贈ることができるかどうか、彼らに「リコメンド」してもらえるかどうか。[筑紫書房]さんでも長く売っていただける商品がつくれるよう、切磋琢磨いたします。
青山ゆみこも書いているように、街の書店で知らない本に触れ、それを買ったときに感じる何とも言えない「しあわせ」感は代えがたい。そんな書店のことをこれからも書いていきたいと思う。
今日、[隆祥館書店]では『POPEYE別冊オイリーボーイ』を買ったが、ご当地(安堂寺町)の流行作家に敬意を表し、レジカウンターに陳列してあった植村鞆音の『直木三十五伝』(文春文庫)も一緒に買った。逆に「何かいい本知りません?」と二村さんに聞かれたので、私は間髪を入れず『細雪』と答えた。
街の書店の皆さま、「140Bスタッフが選ぶ名作百選」とかでもよろしければ、ご協力させていただきます。もちろん良心価格で。
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