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ミシュランの何が問題か〜辻調〈あべの〉塾

  • 2009-11-13 (金)
  • 大迫

教室を使っての対談。前にびっしりと並べられているのは過去歴代のミシュラン。演出もかっこいい。

昨夜は江弘毅がゲストで呼ばれた辻調理師専門学校が主催する「辻調〈あべの〉塾」の第1回講座。オオサコも、江の最新刊である『街場の大阪論』や自社商品である『京都店特撰』『奇跡の寄席』を手売りするべく、紙袋にコロコロカートを携える“行商ルック”で阿倍野へと向かう。

ちょうどナカノシマ大学の来年1月の講座を、辻調の畑耕一郎先生にお願いしていることもあり(こちらも要注目!)、その打ち合わせも兼ねて。初めて訪れる辻調ビルはこれがまたかなりのスタイリッシュなデザインで、かといってデコラティブ過ぎることもなく気品がある。さすがに「料理界の東大」と言われるだけはあるなあと一瞬で感心してしまった。

畑先生との打ち合わせはつつがなく終了。こちらももうすぐアップしますのでよろしくお願いしますね。

さて本題の辻調〈あべの〉塾のテーマは「ミシュラン京都・大阪版」について、その功罪を問うもの。参加者はメディア関係の方ばかりだったので、副題として、関西メディアの果たす役割というテーマもあった。

本売りのかたわら立ち聞きしていたオオサコだったが、早々に金庫を閉じ(ええ!?)聴き入ってしまった。なぜなら、めちゃくちゃ面白かったからだ。

常々、江弘毅はミシュランに対して手厳しい発言を繰り返している。昨日の対談では、たっぷり時間があり意を尽くして話せたこともあり(本人は足りなかったかもしれないけど)、「なぜそんなにミシュランがアカンのか?」がよく分かった。これには対談のお相手だった辻静雄料理教育研究所所長の山内秀文さんによるところも大きい。

山内さんはフランス料理研究の大家であり、分厚い料理専門書を何冊も翻訳されているエキスパートでいらっしゃる。その長きに亘る研究に基づいた、ミシュランのこれまでの歴史やフランスの食文化の話しが、江弘毅の街的な皮膚感覚から生まれたメッセージに拠り所を加え、とても聞いていて分かりやすかった。

江「フランス本国でミシュランを広げる分には問題ないのに、なぜ東京版や大阪版のミシュランを見て店へ行くのは恥ずかしいんだろう」

山内「フランス版はずっと、こんな小さな街の店まで載っているのかと驚くくらい網羅的に掲載していた。そこには☆の数を書くだけでコメントなどはなく、☆がない店もあった。それはミシュランが本来的に全くその土地のことを知らない人に安心を与えるものだったから。東京版には☆付きの店しか無く、コメントも付いて情報誌然としてしまったところに、江さんの言う『いかがわしさ』が出てきてしまったのでは」

江「一番違うと思うのは、『一つ星だからやめとこう』という消費者的感性。できるだけ短時間で最大のコストパフォーマンスを得ようとする消費のスタンスでは店や街がダメになる」

山内「フランス料理界の人たちにとって、ミシュランに掲載されることは誇り。技術向上という観点から見ると、ミシュランが残した功績は大きい。しかし、ミシュランがフランス料理の方向性自体を変容させてしまうとすると、それは怖いこと」

などなど、至言格言がいっぱい。もちろん焦点はミシュランなのだが、これらを当てはめて考えられる事例はたくさんある。とても勉強になる塾だった。お喋り好きの2人をぴしっと仕切る、司会の小山伸二さんの良い仕事も光っていた。お誘いいただいてありがとうございました!

そして、懇親会へとなだれ込む江やみなさんにご挨拶し、再び行商ルックとなって帰社。売り上げもまずまずだったので、重い荷物も少しだけ軽く感じたのでありました。

 

 

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