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江 Archive

ぼくの友だち、籔内博くん

  • 2010-05-07 (金)

画家の籔内博くんから

5月11日(火)~16日(日)まで、京都市美術館(左京区岡崎公園内)の1階大展示室にて、インパクトアートフェスティバルというグループ展に出展しております。
午前9時から午後5時まで、入場無料です。
実はまだ作品を作っている最中です。立体作品です。
よろしければご高覧していただければ嬉しいです。ブログも見てね。

という案内がメールにて届いた。
籔内くんはわたしと岸和田市立岸城中学、大阪府立岸和田高校と同級生で、彼は多摩美大に進みその後長く東京にいて(劇団をしていた)、たしか30半ばで岸和田に帰ってきた根っからのアーティストである。

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ブログ/ツイッターと「一人で生きられないのも芸のうち」

  • 2010-03-19 (金)

浅草ー岸和田書簡の「街的」親友の桃知が、8月のお盆の頃に脳梗塞で倒れてからというもの、どうもブログが書けなくなっていた。
「書けなくなった」のは、本当はわたしではなく実際は桃知の方だったんだが、彼のブログを遡っても彼は書いている。すごい精神でありそれがリハビリにも反映しているのだと思う。

このごろ、ツイッターを始めたのだが、これも読む方が楽しくてあまり書いていない。

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1テレビと2新聞取材を受ける。

  • 2009-07-24 (金)

きのうは日経新聞の「ぶんか探索」の取材、今日は朝日新聞の「くらし考」の取材を受ける。

「ぶんか探索」はシリーズもので、ゆかりの土地を記者さんと一緒に歩いて、その場所についての説明とか思い出を語るというもの。「江弘毅と行くダイビル」である。

これまで大阪で取材し掲載したところは、新世界、道頓堀それに岸和田ということだ。ちなみにわたしの地元岸和田は上方女流浪曲師・春野恵子さんがすでに紹介されていて、それは春野百合子師匠に弟子入りしたころの話だったらしい。なので岸和田はNG。

そういうことなら、わたしたちのオフィスがあるダイビルはどうですか、もうすぐ壊されるのですが、無くなるのがとても惜しいすごくいいビルですよ、という話で即決する。

またちょうど自分がテレビ大阪の「ニュースBIZ」の大阪特集で取材を受けている最中で、できれば今回そちらの取材を受けているシーンをテレビ取材させて下さい、ということをオファーする。

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「オカン」は「アカン」か。

  • 2009-07-17 (金)

「バラエティ番組」や「ウォーカー的情報誌」などで使われてきた「粉もん」という言葉と、「街場」で使われる言葉の乖離。
消費経済軸の「粉もん」という言葉の「消費期限」は過ぎゆくが、どっこい実際の街場のお好み焼きやたこ焼きは決して消費されることはなくしぶとい。

そんな話『「粉もん」という言い方の「消費期限」。』の続きで、「オトン、オカン」という言葉が使われる構造もそれに近い。
それは「また明日ということで…」ということだった。

そうして1週間たってしまった。

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「粉もん」という言い方の「消費期限」。

  • 2009-07-07 (火)

前からそうであるが、お好み焼きやたこ焼きなどを称して、「粉もん」という言い方には違和感を感じる。
「一家に一台たこ焼き器」を大阪だ、と喧伝して疑わない「メディア的な大阪」な感じがしてどうも気持ちが悪い。

岸和田のウチの家には、母親がどこかのお好み焼き屋の改装時かなにかでもらってきたお座敷お好み焼きの鉄板と焼肉のコンロはあったけれど、たこ焼き器はなかった。
「ミーツ」をやっているときに何回か調べたことがあるが、実際大阪市内の街場や下町の世帯では、「たこ焼き器」は普及などしていない。あったとしても「どこに直したかなあ」あるいは「ほかしてしもた」というのが実情である。

一度は買ったもののもう今はない。それはすでに「消費されてしまった」というのが正確なのであろう。
理由は色々あるが、「街場の大阪」ではたこ焼き屋は町内にあるし、そこのたこ焼きのほうがうまいからだ。
ということを言えば、そういうところにいるお前はええけど、たこ焼き屋のない街のオレらはマンションの一室でたこ焼き器で食べるしかないではないか、と指摘される。

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ビビる「書き物」と、原稿のあとさき。

  • 2009-06-23 (火)

週刊新潮の「わたしの京都とっておき」2回目が出ている。

ガイドのガイド」をしてくれた、錦の漬物屋・バッキー井上から早速連絡があって、かれは「お前なんちゅうポーズで写真映ってるんや。ガリ股やないか」といって大笑いしている。

それは四富会館のバー「アイエン」のジュークボックスの前で着物姿の女将さんとの2ショットだが、バッキー井上も横で見とったやないか。しかしながら自分の写真がこうしてメディアに出るのはやはり恥ずかしいものだ。

3回目はいよいよ祇園の「橙」さんだ。その校正が送られてくる。直すところ、朱書きなんてない。いよいよ週刊新潮はあと1回ということになったのだが、そういうタイミングで文藝春秋からメールが入る。

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あこがれのNHK「ラジオ深夜便」に!

  • 2009-06-19 (金)

NHKラジオ第一放送「ラジオ深夜便」の収録で、NHK大阪放送局に行く。
実はここ数年月1のペースで「かんさい土曜ほっとタイム」にレギュラーで出ている。そしてこの番組は全国放送でナマ。だから何回やっても緊張する。

「ラジオ深夜便」は月3回、第1・2・3金曜日のみ大阪放送局発で、あとは東京である。
わたしはラジオでは「かんさい土曜ほっとタイム」はじめ「ラジオの街で逢いましょう」といったレギュラーほか、いろんな番組に出させていただいたことがあるが、一番出たかったのがこの「ラジオ深夜便」であり、日本のラジオ番組の最高峰だと思っている。
だからうれしい。
ちなみにテレビは、KTVの「ニュースアンカー」やフランスのチャンネル5アルジャジーラなどなどいろいろ出たけど、ちょっと控えさせていただいている。テレビはなんかしらん、どうも向いていないというかいろいろとしんどいからだ。

こういうときはバッキー井上にメールを送る(ほとんどの意図は自慢である)。

おー井上、NHKからなあラジオ深夜便出てくれ言うてきたど。
何よりええ番組や。
街論の30分のインタビューやて。京都でいいふらしてくれや。
お前も早よ付いてこいや。

井上はこういうメールには律儀だ。

お前ラジオ深夜便かい。たまらんな、俺はすきやったしのー。

 

わたしはつい調子に乗る。

あれはなあ、何でもちゃんとやってるやってきたやつしか出られへんやど。
その道で認められたいうことや思てる。
それは街の道や。

井上からの返信は

しばくど。

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「私の京都」の週刊新潮、ただ今発売中です。

  • 2009-06-11 (木)

先週予告したように、本日発売の週刊新潮のグラビアページ「私のとっておき京都」の1回目が掲載されている。
創業1560(永禄三年)の包丁・料理道具、錦市場の有次さんである。
永禄三年といえば、織田信長が今川義元を奇襲して討ち取った「桶狭間の合戦」の年である。

だからではないのだろうが、店長の武田昇さんと一緒に映っている見開き大の写真に出てくるわたしの顔は、目を剥いていてなんだかおそろしい。

記事はおもろい。
とくに「だんじり」という単語が、本文・プロフィール合わせて4カ所も出てくる。そして「『京都は大阪の親戚みたいなもん。なんで京都ばかりがモテるのか』と嘆く『街場の大阪論』の著者による異色の京都案内は、次号以降も続く」と締めくくられている。

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週刊新潮「とっておきの京都」その有次編。

  • 2009-06-02 (火)

土曜・日曜と「週刊新潮」のグラビアページ「私のとっておき京都」の取材。
6月11日発売の号から4週連続で「私のとっておき」を紹介する。

前もって錦市場の漬物屋のバッキー井上に「こんな企画があるから、手伝うてくれ」と言うと、「ナンでお前が京都案内やねん。そんなもんあかんわ」といつも通り言いながらも、「オレが着いて行ったる」と楽しみにしていた。

午後5時に八条口の新都ホテルで待ち合わせ。
ホテル玄関口の入口で煙草を吸っていると、チョビ髭にメガネの男前のにいちゃんがやってくるので、これはご担当の新潮社の八尾久男さんだと直感して「江弘毅です。八尾さんですよね」とお声掛けするとやはりそうだった。


取材チームは八尾さん、以前「小説新潮」でおせわになった楠瀬啓之さん、新潮文庫編集部の飯島薫さんと写真は田村邦男さん、そしてJR東海エージェンシーの媒体部の鎌川浩太郎さんだ。


田村さんは名カメラマンとして知られている。すでに還暦を超えてらっしゃるそうだ。田村さんの向田邦子さんを撮られたモノクロ写真はすごい。
長髪でよく話される声がいいものすごくモダンなおじいちゃん(失礼)で、そうか、こういう写真家が太宰治のバー・ルパンの写真を撮ってこられたのだ。
そう思うと、ああスタジオでスタイリストやヘアメイクやクリエイティブディレクターやライティングスタッフがスタジオにそろって、ポーズを撮るイケメン男子や顔が小さくてプロポーションがいいだけの女の子を「いいよ、ハーイ」とか言いながらファッション写真を撮ってきたことが何だかダサくて恥ずかしく思う。

鎌川さんはクライアント側の方に違いないが、機材を持ったり、時にはストロボを当てたりで、初めはカメラのアシスタントと思った(失礼)が、この連載企画を長いこと楽しんでつくってきたのだなあと思う。

取材撮影はまず、錦市場の「有次」さんである。刀鍛冶として創業したのが1560年。桶狭間の合戦の年だ。
この包丁、料理道具専門店の店長さんが武田昇さんで、淡交社「キョースマ!」の特集「錦市場」でもお世話になっているし、ラジオデイズの「ラジオの街で逢いましょう」でもロングインタビューをさせてもらっている。
また武田さんはバッキー井上の叔父さんと小学校の同級生だったそうだ。

約束通り閉店時刻の5時半。その2分前に行くと、ちょうど店先の大きい看板を外したところで、店先を撮影するならもう一回着けます、とまた重い看板を吊してくれた。
ラジオを聞いていただいてもよく分かるが、京都弁は一般には「そうどすな」とか「うれしおす」とかのいわゆる京言葉としてとらえられている「郭言葉」が露出しがちだが、こういう錦市場の店や街場のお好み焼き屋さんで話される、商売人の歯切れがよい京都弁こそがそれだとわたしは思っている。

わたしはそういう京都的上方弁や、店の商品のひとつである銅網細工の豆腐すくいやだし巻き鍋は大阪千日前の道具屋筋に行ってもなかなかないので、大阪人は「しっかし、さすがに高っかいのお」と言いながら、買って帰ることなどを説明する。

ここの三徳包丁は圧巻だ。
近ごろ包丁はどこの家でも両刃ステンレスの洋包丁が当たり前で、片刃の出刃包丁や柳刃包丁に憧れてそれをうれしそうに買って帰っても、扱いに困るわ研ぎ方はわからんわそのうち鋼は錆てくるわで、ほとんど男の悦楽的料理世界にとどまり、それはやめといた方がいいと思う。
しかし有次の鋼をステンレスでサンドイッチした三徳包丁は、そこのところを実によく考えられているのである。
基本的に両刃の洋包丁で、しかしほんの1ミリの刃の部分であるとこだけが和包丁本来の鋼製で、錆びにくいし、それでいてほら、この柄の部分は和包丁の出刃や柳刃同様に朴の木ですやろ、だから握りの感触は板前と一緒。ほらジョイントの部分は水牛の角です。傷んできたらここから外してもろてサラに取り替えてもろたらええんです。ああ、ボク有次さんの回しもんちゃいます(笑)、取材でいろいろ教えてもうたんです。

みたいなことを言ったら、飯島さんはたまらない、と言う顔をして「これください。買って帰ります」ということになった。生粋の東京の女性はとても素直だ。だからかわいらしい。
もちろん名前をタガネで入れてもらうことを勧める。この名入れはおのおのの板前、調理人が料亭の厨房の中で高価な包丁を盗まれないようにしたことから始まったんです、ちょうどペンに名前を入れてもろたり判子を押した紙をセロテープで貼り付けたりするみたいなもんですわ、と言うと、飯島さんの目は輝いてきて「か」というひらがな一文字をその場で武田さんに入れてもらった。

それを見た田村さんは田村さんで、銅製の打ち出しぐい飲みを買って、同じように名前を入れてもらってご満悦だった。
他の取材クルーもおのおの菜箸や豆腐すくいなどを数本買いまくり、わたしは「魚屋でもいっしょで今日のこの魚はどうやって食べたらおいしいとか、こういう風に顔と顔を見合わせながら説明を聞きながら買うというのが本来の買いもんなんですわ。雑誌の特集カタログを見たり、大間産マグロ中とろ、とか、神戸牛背ロースg千五百円とかで買うてたらあきません。がはは」という感じで、こういう取材は限りなくおもろいのであった。

その後、祇園の割烹「橙」で井上と合流、楽しい京都取材は続く(次回続く)。

「一見断り」のほんまのところ

  • 2009-04-23 (木)

週刊文春の『ミシュランさん、一見さんお断りどす』が出て、それこそ電話とメールの嵐である。

いろんなご意見も頂いた。

桃知利男はこのHP「浅草・桃知利男 岸和田・江 弘毅の「浅草←→岸和田からワシらも考える」 でいち早く「痺れる」テキストを送ってくれたし、「ミーツ」創刊から関わってもらい(創刊号のトップを書いている)、わたしたちの編集集団140B創立(株主として出資してくれた)と、一緒にやってきた西成のライター・堀埜浩二くんの問題提示は深いものがある。

大阪の街場の大先輩である的場光旦さんは

文,コンステレーション良好
1岡崎 つるや の話も聴きたかった。
2「流れ星」 がよう落ちてる。
3ミシュランがガイド本ではなくやっぱり外土本やいうことがわかった。
4洋・中国飯やはやっぱり掲載うれしいねんやろな,と思う。
5名前や星で飯 喰うこと自体 思考停止や。
5かつえた 少年にとっては 意味を為さない。
〆 ワシャ 買わん〓

で、大笑いだっ。

バッキー井上のメールは以下である。

今日、橙のおやっさんが気になってさっき行ってきた。文春のことぶつぶつ他のお客さんにいいながらうれしそうにしてはったど。おかみさんも笑顔やった。ほんまに街はおもしろいな。

堀埜浩二くんの疑問は以下だ。 

1)あくまで「京都の老舗とミシュランとの対立」についての話になっているので、
「ああ、文春的にはこんな記事になるんやろなあ」というのが第一印象でした。
ここまでの江さんや内田先生のブログとかを読んでいただけに、
「江節、炸裂!」とはいかなかったのが、ちょい寂しくはありますね。
東の編集者の意向が全面的に反映された結果であろうかとは思いますが。

2)「京都の老舗」と「ミシュラン」との対立になった場合、個人的には、
「勝手に騒いで、結果としてミシュランガイドのPRになる」という、
先方の思うツボのパターンやなあ、という印象です。
記者発表をわざわざする段階で、マーケができているんですな。

3)「一見さんお断り」とかの話になった時点で、問題の本質はかなり遠くに行ってますよね。
むしろ「一見さんお断りとかではまったくない、そのへんの旨いお好み屋や焼肉や寿司やてっちりが、どんな風に扱われるか」に
興味がありましたが、ミシュラン的には無視なんですかね?
かといって『吉野』とかに星が三つついてたら、
それはそれで話がややこしいのですが(^_^)

2については「結果としてミシュランのPRになる」ということだが、それでも「言わなあかんときは、きっちり言わなあかん」という上方人伝統のところから、わたしは書いたのである。また「一見さんお断りとかではまったくない、そのへんの旨いお好み屋や焼肉や寿司やてっちりが、どんな風に扱われるか」は「大阪編」でほぼ15枚を書いたのだが、全ボツになってしまった(泣)。

「一見お断り」のほんまのところは、少し前に『小説新潮臨時増刊ー新入社員諸君、これが礼儀作法だ』 に書いている。確か文庫化されたはずだが、東京ばかりの書き手のなか(椎名誠さんは「喧嘩」だったと思う)、3人の上方人が書いている。担当編集者は楠瀬啓之さんだった(楠瀬さんお元気ですか? 昨日売りの週刊新潮に『街場の大阪論』書評載せていただきました。感謝)。

わたしが「京都」、バッキー井上が「街」、杉本彩が「セックス」だった。杉本彩はわかる。が、なぜか京都の錦市場の漬物屋の井上が「街」で、「街的」「街場」という語をつくった岸和田のわたしが「京都」だった。

その京都の「一見お断り」について書いた原稿をここに収録する(校正前なので、収録分は数語ほんの少し変わっているが、削られていない(笑)) 。

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やっと校了、週刊文春の「ミシュラン騒動」

  • 2009-04-21 (火)

週刊文春をやっとこさ校了した。といっても、ほとんど原稿にしていただいたのは週刊文春編集部デスクのKさんである。

今回のミシュラン京都・大阪版に関しては、グループ・アラン・デュカス日本代表のファブリス・ルノーさんから「大阪で6日に記者会見があるようだが、江さん行かないの」という電話からだった。

逆にルノーさんは行くのか、と聞いたら、「行かない。電車賃の無駄だから」というのでわたしは笑っていた。

しかし何だかひっかかる。というのも、アラン・デュカス氏の大阪の店・ブノワが、テレビ局より当日の取材申込があって、デュカス氏はルノーさんを通じて、ミシュラン京都・大阪版について「ノーコメント。直接パリでならコメントする」というようなことを返していたからだ。

それは、ミシュラン京都・大阪版に関しての評価に関して期待やスタッフの意気込みや緊張を、記者発表のシーンにかぶせてレポートするみたいなもので、わたしは「話聞くなら、直接わたしに来てくれ」と言ったデュカス氏の態度に、以前「日本ではミシュランの星は意味がない」と言ったことを思い出した。

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ミシュランとミーツと内田樹

  • 2009-04-15 (水)

内田先生がブログ「内田樹の研究室」でわたしのミシュラン京都・大阪批判について、援護射撃をしてくれている。タイトルは『「街的」の骨法』である。

内田せんせのブログのテーマタイトル「みんなまとめて、面倒みよう – Je m'occupe de tout en bloc」というのは、「何かを伝えたい」という熱意を持つ者には限りなく心にしみる。

ミシュラン京都・大阪版については、今日の讀賣新聞の「ニュースが気になる!」で「☆で測れぬ歴史 老舗反発」というタイトルで突っ込んで書いている。その記事によると、

京都では、創業約290年の老舗料亭「美濃吉」10代目当主、佐竹力総さん(62)が「京都の料亭は料理とともに庭やしつらえ、雰囲気も含めて総合的に評価されるべきだ」と話すなど評価法に懸念を抱く店も。「一見さんが押し寄せるのは嫌」という店もあり、数件は訪問調査を拒否したという。 星付け会議の議長も務めるナレ氏は「我々は歴史を評価するのでなく、お客さんに毎日出す料理で評価している。読者に店を推薦するのに、お店の許可は必要ない」と拒否されても、掲載すると説明している。

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ミシュランの記者会見

  • 2009-04-06 (月)

ミシュランの記者会見があるので行ってきた。

このことはすでにテレビや新聞で「ミシュランガイド京都・大阪版発行へ」というふうに報道されているのだけれど、実はとある週刊誌の取材だったのだが、このところ京都・大阪の街場で、ミシュランの覆面調査員の「プレセレクション」が終わり、すでに「調査員だと名乗って追加調査」する「訪問調査」に入っているのだ。

その際のやり取りで、「取材拒否」が多く、それは「これ以上新規のお客さんが来ると困るから」とか、「星の数が少なく載せられたら困るから」とかいろんな事情があるのだが、普段来ない顔の見えない訳のわからない人に格付けされることに対しての違和感だろう。

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日経の日曜読書欄と週刊現代書評

  • 2009-03-30 (月)

「街場の大阪論」が29日日曜の日経新聞の書評に紹介いただいている。 

新文化、産経新聞のインタビュー、日経の関西面夕刊「ブッククリップ 」、朝日新聞日曜読書面書評、週刊文春「文春図書館」に続いて6つ目である。

とってもうれしい。

 魅力あるまちづくりのヒントに満ちた一冊。

というところにグッとくる。

と思っていたら、今日発売の週刊現代の「現代ライブラリー」にどかんと一ページ。

評者は永江朗さん。

永江さんの書評はいっつも面白くて的確で、わたしが一番信頼している書き手である。

だからこんなうれしいことはない。 

内容は書いた本人よりもよくわかっている内容で、書き手(つまりわたしだ)の紹介、本の内容、そこから見えるもの…と。

これ以上はない文章である。

岸和田生まれのだんじり男として知られる(本書でもメルロ=ポンティの哲学をだんじりを例に語っている)

というところにしびれる。

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【告知】江弘毅のクリエイティブ・ワークショップ

  • 2009-03-25 (水)

この街のクリエイター博覧会 Part 3
~クリエイターの仕事、生き方、考え方展~

というイベントが、メビック扇町で今日から29日(日)まで開催される。

 生クリたっぷり! 何かが生まれる5日間!
ひとも、まちも、一秒ごとに動いていく世の中で、どこに向かうんだろう。どうなっていくだろう。私たちのクリエイティブは。これからも、だれかの心を動かしつづけられるだろうか。いまを見つめるクリエイターとクリエイティブを愛するひとが、刺激しあって、発見しあって、なにかが生まれる5日間「このクリ博」。
いよいよ迎える3回目は、オオサカのキタもミナミも飛びこえて特盛り開催。
いまのリアルなクリエイターをたっぷり味わいつくせます。

というイベントで、在大阪~関西のクリエーターによる、クリエーターの現在進行形とネットワークづくりのための作品展示あり、トークセッションありのイベントである。

詳細はこれを見ていただくとして、27日(金)の夜、そして28日(土)にわたって、

このクリ博ワークショップ:江弘毅クラス「われわれのクリエイティブを「どう伝える」か…」

を開催します。内容は以下の通り。まだ、空きがあるそうなのでここで告知します。

変容するコミュニケーション×メディアの現場から

インターネット、モバイルの登場、そしてメディアにおいての広告の衰退は、わたしたちの「伝える」「表現する」という地平を著しく変革させています。そういう時代、そして大阪というリージョナルな都市にあっては、現在進行形のコミュニケーションの現場×そのビークル(乗物)としてのメディアについて考えることが必要です。

このワークショップでは、「何をかく(書く・描く・画く)」(表現)と、「何にかく」の『何に(=メディア)』の関係性の網の目を実感することによって、われわれの「表現の場所」というのは、今一体、どうなってるねんという“表現”と“メディア”を取り巻く切実な問題に迫ります。

それを考えることにより、「何を表現しているのか」と「何によって生計を立てているか」という、クリエイターにとってリンクしにくい状況を打破するヒントとなればと考えています。

※2日間連続のワークショップです

日時
2009年3月27日(金)18:30~21:30
2009年3月28日(土)14:00~17:00

料金
3,000円(税込)×2日

問い合わせはこちら

朝日新聞日曜読書面と町田康の大阪弁

  • 2009-03-24 (火)

22日(日)、朝日新聞朝刊の読書欄に掲載していただいた。

■街場の大阪論  江 弘毅[著]

六本木ヒルズなぞは大阪人からすれば「即座に『街場ではない』ということを直観できる」。「街場のお好み焼き屋では、地元のおっさんやおばちゃんが正しいと決まっている」。大阪は岸和田生まれの岸和田育ち、関西の人気情報誌「ミーツ・リージョナル」の創刊を手がけ、内田樹氏の著書「街場」シリーズの名付け役である編集者が、「『大阪でしか生活できない人』が住む街」大阪に立脚し、真剣に考え続けた「街場」についてのアレコレをつづった。(バジリコ・1470円)

というで記事ある。 ほんまにしっかり読んでいただいているようで、感謝感激雨あられである。

出だし「六本木ヒルズなぞは」 の「なぞ」がむっちゃいいなあ、と思う次第である。加えてこの書き手の方、大阪の人なんかなあ、と思う。

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『街場の大阪論』書評登場

  • 2009-03-19 (木)

13日の産経新聞にインタビューがデカく載った。どうもありがとうございました。

そして 昨日発売の『週刊文春』の「文春図書館」の「新刊推薦文」に写真入りで登場。

 「串カツソース二度づけお断り」やてっちりの作法から浮かび上がる街の顔。どうしようもなく大阪から滲み出してしまうものがある。テレビや雑誌の情報だけでは分からなかった目からウロコの大阪論。[バジリコ 1400円+税]

という記事だ。「どうしようもなく大阪から滲み出してしまうものがある」というのは

人は入れ替え不可能な精神を持った存在だが、街も同じで、大阪という街には、その街路や店や人や食べ物といった大阪の身体みたいなものから、どうしようもなく滲み出てしまうものがある。

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「街場の大阪論」本日発売です。

  • 2009-03-04 (水)

発売初日。阪急三宮のブックファーストさんを覗く。


おお、あったぞ! 新刊話題コーナーにずらり一列。
篠田節子さんの「仮想儀礼」の上や。

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ラジオに出て、考えること。

  • 2009-02-21 (土)

レギュラーのNHKラジオ第1放送の「かんさい土曜ほっとタイム」の出番の日。

この番組に月1ペースで出させてもらってからそろそろ5年になる。大阪発の全国放送番組で、キャスターはNHK元エクゼクティブ・アナウンサーの佐藤誠さんだ。佐藤さんは1971年に入局され、05年に定年退職されてそのままこの番組などを担当されている。「大阪弁スピリッツ」の著者でもあり、日本で初めて関西弁でニュースを読んだという伝説の人だ。

わたしは佐藤さんのテレビでのドキュメンタリー番組の味のあるナレーションやニュースでのご活躍を記憶しているが、約4時間最初から最後まで大阪弁での喋りのこの放送の感覚が好きである。

在阪放送局の「大阪弁」のラジオ番組は、民放が月曜~金曜の帯で午前中、あるいは昼間やっている「パーソナリティ系」の番組が代表的であるが、佐藤さんのこの番組は、生活者感覚からの「景気対策はどないなってるねん」、「離婚しょう思てますねん」的庶民派人生相談、阪神タイガースは優勝するんか、今日の大阪は暑すぎる雪が積もっている、といったものとはひと味違う。

どう違うのかは毎回、ゲストをスタジオに呼んで(ちなみにこの日は、霊長類学者の河合雅雄さん。河合隼雄のお兄さんらしい)のインタビューに見られるように、「取材・インタビュー」という姿勢があるところだ。それは「人から面白いことを聞き出す」という、大阪弁話者のもう一つの技でもある。

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おもろすぎるで、内田樹×鷲田清一の朝カル

  • 2009-02-18 (水)

しっかし、おもろすぎる。おとついの鷲田せんせと内田先生の朝日カルチャーセンター対談だった。

おふたり壇上に上がるや、「左の席か右の席かでいきなり」じゃんけん。「じゃんけんホイ」とやるのだが、京都育ちの鷲田/東京育ちの内田、のかけ声もタイミングも合わない。

「まず石を投げよ」がブレイク中の作家・久坂部羊さんは「30分やっとけ」と大笑い。わたしはよく遊んでいただいている三国ヶ丘高校出身の久坂部さんと、同じ阪大医学部で同級生であり大手前高校出身の仲野教授ご夫妻と一緒だったのだが、ホール内約100名は初めから爆笑。仲野先生は同じく小児科医をされている奥さんと「なんやこれは」の「がはは」状態だった。

マクラは大学生の大麻汚染。内田先生は「わが校がメディア筋の噂になっている」。鷲田せんせは「このところ阪大は謝ってばっかり」「そのわたしの謝り方の頭が高い、と言われている」って、あぶないあぶない。大爆笑。

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情報化というのは身体や!筋肉や!

  • 2009-02-16 (月)

バッキー井上の「140B劇場 京都 店特撰」 の特別付録編ということで「診察室には女医がいた。」が送られてきた。 

普段の「店寄り」とは違うショートショート的な文章だが、京都の店、それも街的に「良い店だ」というしかない店が沢山出てくる。 

そしてこの特別編は、先のエントリーの「昼間から酒を飲むこと」のいとおしさについて井上の引用に完全リンクしているから(多分、井上は読んで「オッ」と来て「診察室には女医さんが…」の原稿を書いたのだろう)、その引用をもう1回載せる。

あくまでも酒の好きな人ならきっと、陽のあるうちに飲む酒の旨さはご存じに違いない。本当にこれは旨い。果たしてそれは昼の方が体が疲れていないからとか胃がどうだとかレバーがどうだとかのことなのだろうか。酒と刺激の取り過ぎで体中がかゆいかゆい状態なので、毎週通っている四条室町の女医さんに聞いてみた。答えは「それはあなたがおいしいと思うからじゃないの」であった。
女医さんは正解である。おいしいと思ってしまえるから陽のあるうちの酒は旨いのであって胃や腸やレバーのおかげではない。昼からの酒には夜や夜中や明け方の酒にないA級のごきげんさがあるのだ。そう改めて思うと街のバーの95%以上が暗くなってからオープンするという日本の街の現実が重く悲しく“街的生活愛好者”の目蓋を閉じさせる。

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バッキー井上の酒場ライター養成講座

  • 2009-02-13 (金)

待望の酒場ライター養成講座が開講する。

FAXにて校長のバッキー井上から通達があったので、とりあえずその文面通りにここに転記する。何と大阪でも開講する。

酒場ライター養成講座のご案内2009年2月13日

 

しばらく冬のため休講して参りましたが、春になりました
ので続きを開講いたします。

2月25日(水) 京都校→四条裏寺百練

第5回「酒場ライターへの道」その1.

午後8時より~午後9時45分 受講料 3000円(漬物、鹿肉付)

第1回から第4回までは「酒場ライターのために」でしたが、第5回より「酒場ライターへの道」編になります。酒場ライターがすでに死語になったように、我々が変化しないとなくなってしまいます。チョットがんばって行きましょう。

 

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桃知利男、ついに登場。

  • 2009-02-12 (木)

桃知利男はこのHP内の「140B劇場-浅草・岸和田往復書簡」でも知ることのできる、東京は浅草のきわめて街的な生活原理を持つ男である。

その桃知はとてもハイパーなウェブログ人間であり活字紙媒体的体質だが、とうとうテレビに出ている。

この映像は桃知がほぼ毎日行ってる、よく昼間から飲んでる浅草・煮込み通りにある「居酒屋浩司」のものであり、わたしも彼に連れて行ってもらって、その煮込み通りと居酒屋浩司の何ものでもないどこにもないエートスに浸らさせてもらった。

かれはこの居酒屋でのことーいま/ここーを書くことによって、街とは何か、を考え続けている

桃知が登場するのは、約10分もある番組の中で、8:50頃~最後で、BGMもナレーションも陳腐極まりない「あ~あ」であるが、テレビにしては(完全に信用していない)なかなかいいところを抽出している。

Q 昼間からお酒を飲んでて大丈夫

うん それが大事なんだよ。

昼から飲める店がある街というのが 良い街なんだよ。

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「テレビ」ではなく「ラジオの街で逢いましょう」

  • 2009-02-02 (月)

「ラジオの街で逢いましょう」の収録で、神戸ハーバーランドのラジオ関西に行く。

ラジオの仕事はレギュラーでは、この番組とNHK第1放送「かんさい土曜ほっとタイム」をやっている。けれどもテレビはこのところやっていない。

この編集集団140Bを立ち上げてすぐの年に、『「街的」ということーお好み焼き屋は街の学校だ』を書いた。新聞・雑誌の書評にとりあげられ、ラジオ・テレビにも出た。その後、テレビは「ニュースアンカー」という番組にコメンテーターとして準レギュラーで出演したが、半年あまりでしんどくなってやめてしまった。

メディアで話すたしかに難しい。とりわけテレビに出演して三〇秒以上話すと、視聴者に「なんでこいつの顔がずっと映っているんだ」と思われます(笑)。「目の下にくまができてるじゃん」などと関係ないところを注目されます(笑)。だからわたしはラジオに比重をおいて仕事をしています。  (宮台真司『挑発する知』P228 ちくま文庫)

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「街場の大阪論」ついに脱稿

  • 2009-01-26 (月)

年末から校正にかかっていた新刊「街場の大阪論」の校正を先週末に返却し、「あとがき」も書き終えた。

これでおしまい。いつもそうだが編集作業の終わりは、あわただしいけれどあっけない。

編集担当の安藤聡さんからは当初、短い口上的「まえがき」と長い目の「あとがき」をということだった。「なるほど、『だんじり若頭日記』の時と同じですね」とわたしは思い、安藤さんからは「あとがき」のアイデアとして、この単行本の執筆途中でのメールでのやり取りが白熱したことがあって、編集者へのメールの形にしても面白いのでは、ということであった。

わたしは 何でも前からワシワシと書いていく方で、とりあえず「まえがき」を書いて送った。それは「ちょっと長いかなあ」というもので、内容は「大阪について書かれたものは、このところ『コテコテ』とか『コナもん』で、それは東京サイドの求める大阪であって、そんなステロタイプなことばかり書いて、もう本にするなよ」ということである。

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「酒場ライター養成講座」の編集者。

  • 2008-11-13 (木)

「宣伝会議」の関西本部長の松井さんがいらっしゃって、次期の「編集ライター養成講座」について打合せをする。

雑誌とくに情報誌は、一部を除きどれもちょっとしんどい状態で、エルマガジンも12月売りを持って休刊するとのことだ。
今年に入って「神戸ウォーカー」が休刊、「ぴあ」も業績不振で、「関西1週間」も発行がサンケイリビング新聞社に移管された。

そういう業界の編集者たちが、学生に何を教えるというのだ。

その点、バッキー井上がはじめた「酒場ライター養成講座」はどうだ。
これは、文句なしに面白いではないか。未来も見えてくるのである。

桃知利男もブログで「バッキー井上さんの酒場ライター養成講座。」を書いていて、桃知はオレらが長い間、井上らとやろうとしたことを、いともたやすく短期間で回収しているな、と舌を巻いた。

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こんどの単行本の構成およびタイトル。

  • 2008-11-11 (火)

『ミーツ』の連載「街語り」とWEBマガジン月刊バジリコバジリコの連載を集めて「大阪からワシも考える」的な単行本を、という話が去年の末にあったのだが、やっとこさ3章仕立ての構成案が上がってきた。

編集担当が安藤聡さんであり、彼は今年に入って鷲田清一・内田樹両教授の「哲学個人授業」、 同じく内田樹せんせの「こんな日本でよかったね」、釈徹宗さんの「いきなりはじめる仏教生活」、岸川真さんの「蒸発父さん」、甲野善紀×茂木健一郎さんの「響き合う脳と身体」と、わたしが知るだけでも思いっきりな書籍ばかり編集されていて、なかなか順番が回ってこないのであった(これは想像)。

多分、安藤さんのおべんちゃらの部分が少しあるのだろうが、「あらためて通して読んでみると、ものすごい面白い。内田先生の本にも負けません(笑)。」なんてお書きいただいているが、地元・大阪や京都の街場のことばかりしか書いていないので、東京はじめ他地方の方にはどう読んでいただけるのだろうかと思う。

タイトルもどうしようかと思っていて、安藤さんは「街場の大阪論」というのもありだとのことだ。

「街場の○×論」はオリジンが、02年から『ミーツ』連載の内田先生の「街場の現代思想」で、これも単行本化されさらに今は文庫になっているが、その後「街場のアメリカ論」「街場の中国論」と「内田印」でどれも長打を飛ばしておられていて、「その『街場』というボキャブラリーの本家は、実はわたしです」と言う手はアリですね、と安藤さんはおっしゃる。

それなら内田せんせに帯に「実は、『街場』本家はこの江です。だから買いなさい」と書いてもらうのもええんちゃうの、と140Bのみんなと大笑いしている。

このところ「大阪」と名の付く書籍は、『大阪のオバチャンは、なぜ人前でも上がらないのか?」とか、『おいしい!大阪出張』みたいなものばかりで、「さあて」と編集者でもあるわたしは考えるのであった。

というのもこの連載は、ナンで大阪はコテコテとかおばちゃんとか、そういうことばかりになるんだろう、ということばかり考えて書いていたからである。

『どや!大阪のおばちゃん学』『大阪人の「うまいこと」いう技術』『大阪破産』『大阪のツボを押してみぃーコテコテOSAKA探検』。

ナンでそうなるの。 

江弘毅、今度はアルジャジーラのTV出演

  • 2008-09-22 (月)

アルジャジーラは2001年の9.11テロに対する米国のアフガン侵攻時のオサマ・ビンラディンのメッセージを独占放送したり、イラク戦争においての独自のスタンスの放送で注目を浴びた、中東カタールのドーハーにある衛星放送局だ。

そのアルジャジーラのプロデューサーが「大阪のストリートフードを取材したいから出演を」と辻調理師専門学校の広報企画部長の小山さんを通じてオッファーがあったのは、だんじり祭の前の先々週のことだ。

プロデューサーのルイゼッラ・パラディーノさんは、イタリア人の女性で、わたしのてっちりのコラムお好み焼きの文章を読んで、わざわざ140Bにやって来た。

わたしはこないだもフランスのチャンネル5で同じような趣旨の番組に出たばかりで「またか」と思ったが、どうもフジテレビでもNHKでもBBCでもないアルジャジーラという放送局に惹かれるところがあった。 

「それならちょうど、だんじり祭があるから、岸和田に取材に来たら。そちらの方がきっと面白いから」とわたしはルイゼッラさんに言ったが、それは無理ということだったらしい。

アルジャジーラのクルーたちは、わたしがだんじり祭で走っている間、ご紹介した大阪のてっちり店である今里新地の「ふぐ太郎」を取材したり、法善寺横丁を撮影したり色々やってきたようだが、昨日いきなり電話が入って「今日あすあさってでインタビューしたい」との連絡があった。

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焼肉王国・鶴橋を書く。

  • 2008-09-16 (火)

9月5日売りのdancyu10月号で、岸和田の新(?)名物「かしみん」の話を3ページ書いたが、続いて8月末のだんじり祭準備の超忙しいさなかに、副編集長のえべさんから「続いて鶴橋のホルモンをやらないか」とのお話があった。

わたしは決して「焼肉体質」ではないのだが、8月半ばにちょうど鶴橋の「空」に、上方講談師の旭堂南海さんと岸和田の大工町のだんじり野郎たちと食べに行ったこともあり、「やりますやります。任してといてください」と飛びついた。

それは平成24年に90年ぶりの新調が決まっている岸和田浜の最大町である大工町のうるさ方が、彫物の題材に関しての資料を旭堂南海さんにお願いしていたのを受け取るのに付いていったのだが、その時、鶴橋に住む南海さんが「空」を予約してくれていたからだ。

わたしは昨日までだんじり祭に没頭していたが、まあ今年の祭りの話はどこかで書くとして、鶴橋の焼肉は極上の黒毛和牛のロースや刺身のように扱われたタン刺しやユッケのことを書くことではない。  

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「ラジオの街で逢いましょう」浜崎健さん、島田永和さん

  • 2008-07-28 (月)

神戸ハーバーランド・ラジオ関西のスタジオでラジオデイズの「ラジオの街で逢いましょう」(ラジオ関西・火曜深夜0時半)の収録。

今回から、アシスタントが五十川藍子さんから浪曲師・春野恵子さんにバトンタッチ。春野恵子さんは「進ぬ!電波少年」のケイコ先生で有名になったが、その後浪曲に目覚め春野百合子師匠に入門し、大阪にやってきた東大卒の才嬢である。このところテレビなしパソコン、インターネットもなしのダイハードな生活をしているとのこと。

この日のゲストはまず南船場の「赤い人」、浜崎健さん。

90年代初め、そのころ何もなかった南船場4丁目に浜崎健立博物館をオープン。それがきっかけで近くに自然発生的に店が集まり「南船場」という新しい街が分節されたのは、知る人ぞ知る話。

高校時代テニスの国体選手で、美術とかの文化系の高校生は「あかんやろ」と思っていた。が、渡英後にアートに開眼する。初めの東心斎橋のアトリエ開設の話、そこから部屋を出て行かなくてはならなくなり南船場の材木屋の後に移る話。「いきあたりばったり」ばかりの活動人生はやはり面白くて仕方がない。

もう40歳になる健さんだが、このひとはメディアの中の人ではなく、根っから街場・ミナミのアーティストなんだと再確認する。

続いてのゲストは、整形外科医の島田永和さん。

このほど朝日新聞出版から新書「痛い腰・ヒザ・肩は動いて治せ」を出したばかりのスポーツ医学の最前線を走るお医者さんで、オリックス時代のイチローやシンクロの日本代表選手、今ではバトミントンのオグシオなどを診ている。

ちょうど北京オリンピックに行く前のお忙しいときにも関わらず、スタジオに来ていただいた。

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お好み焼き屋は街の学校だ。

  • 2008-07-02 (水)

講談社現代新書のOさんからFAXが来た。「『街的』ということ」の転載許可についての転送だ。

それはオタフクソースからのもので、「お好み焼き普及の目的で発行する、広報誌“オコロジー3”にて、文学作品の中に出てくるお好み焼きを紹介する章“文学はお好み焼をかく語りき”に抜粋掲載したい」とのことである。

「『街的』ということ」は副題が「お好み焼きは街の学校だ」なので、多分そこにピッと来て担当の方がお読みになったのだと思う。

抜粋箇所は「だからお好み焼き屋はデータ化できない。」というところで、

また、たとえば神戸のお好み焼き屋の常連の誰もが大貝を頼む店で、大貝の焼きそばを頼んで、「あと、もう一人分しかないわ」と店主のおばちゃんがつぶやいたのを聞いたら、後に続けて入ってきた常連客のために、もう1枚のお好み焼きの具は大貝じゃなくスジにしたりする。

それは誰かが決めたルールでもないけれど、どうしても行為としての「コミュニティ的な何か」が出てくる。したがって、地元の友人に「美味しいお好み焼き屋がある」とテリトリーのお好み焼き屋につれていってもらうと、慣れない街の知り得ぬルールに少し緊張するし、気配の違いを肌で感じる。だから、そこ のお好み焼きは美味しいけれど、どうもすとんと馴染めない感じがする。と、同時に「ここでは、こんなお好み焼きなのか。これはすごいなあ」というような気持ちで、その街の地方性を楽しむことができる。

お好み焼きは、当たり前に自分で育った地元の街で食べるものなので、その違いはなかなか知り得ないし、知ったところで優劣をわかったふうに語るのは、何だか街で生きるものとしては恥ずかしい行為だ。百軒のラーメン屋を分析するように、百軒のお好み焼き屋のお好み焼きのぶ厚さや具の大きさ等々を測定するのでは、そのお好み焼きの地方性をとうてい感じ取れない。

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「街的」が受験問題集に。ほんまかいな。

  • 2008-06-26 (木)

毎日新聞に「こころの再生メッセージ」として江弘毅の文章が載った。

これは大阪府教育委員会が昨年から始めている、合い言葉が「ほめる 笑う しかる」「『こころの再生』府民運動」へ寄稿したものの抜粋である。

また大阪21世紀協会のHP「大阪ブランド情報局」というところでも、『多士彩才』のコーナーでも取材文が掲載されている。


 

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北新地とムッシュ・アラン・デュカス

  • 2008-06-14 (土)

怒濤の質疑応答のプレス・ミーティングのあと、20分遅れで大阪市長公館へ平松市長をご訪問。きさくな平松市長のお話は面白くて和やかな雰囲気で、庭園や茶室などもご案内いただく。いい天気で良かった。

この模様は大阪21世紀協会の「大阪情報最前線」に書かれているのでそちらをごらん頂くとして、その後、大阪市立近代美術館建設準備室の主任学芸員・菅谷富夫さんが、わざわざ大阪の近代アート作家の作品ファイルを揃えて持ってこられた。

ムッシュ・デュカスに一人ずつの作品を丁寧に説明していただき、大阪若きアーティストの実力を知る。おお、すごい。これは役得というものである。

そのすぐ後、夜はデュカス夫妻、グループ・アラン・デュカスの日本代表のファブリス・ルノーさん、インテリア・デザイナーの緒方慎一郎さんはじめ、フランス本国のデュカス・グループの面々と北新地へ繰り出す。

予約していた割烹の、というノリは、そこは世界を代表する料理の巨匠みなさん方、これには飽き飽きしているので「やめとこう」ということで、何と「とり甚」の暖簾をくぐる。この店は、昼は鶏肉を捌いている「かしわ屋」であるが、夜は焼鳥屋になるワイルドな店である。フランスからのスタッフは鶏肉を捌いているまな板が焼鳥を食べるカウンターに変わるスタイルが面白いとケータイで記念撮影。

ガラスケースから出した素材を無造作に焼き、フライヤーで油を飛ばす揚げ物のあまりのワイルドさに女性陣は店の外に出るが、御大は一向に構わず、玉ひも、軟骨…とあれこれ焼鳥の部位を訊きそれを確かめるように食べている。

おかしがるルノーさんとビールをもりもり飲む緒方さん。複雑な表情のデュカス御大だったが、さらに心臓も豚バラまでも注文して、こっちが気を遣う。

とり甚を出て蕎麦の「喜庵」へ。そこにちょうど「とり甚」で焼鳥を焼いていたおばさんが、鶏肉を届けに来て、デュカス氏は「オー」と唸る。

にしんや天ぷらや濡れおかきなどなどを食べて、ざる蕎麦へ進みデュカス夫人が興味深そうにワサビをおろし、それをみんなに分けてくれて、日本酒を飲みまくって、7人で2万円ほど払って今度は居酒屋「いし橋」へ。

「一杯かなあ」と思ったが、カウンターの店に座りたいとのことであるので、とりあえず店を覗く。

ちょうど店は終わりがけで、大将は賄いの食事中だったが、「かめへんよ」ということで、ラッキーこの上なしだ。ここにサンケイビルの香川さんと林さんが合流して、タコの刺身に小イモの煮物や豆、野菜の炊いたん、目板カレイの唐揚げ、大きなカマスとぶっといタチウオの塩焼き、サワラの味噌漬けなど食いまくり、日本酒吞みまくり。

たっぷり吞んで喰って酔って、巨匠・デュカスの大阪の夜はまだまだ続くのであった。

アラン・デュカスのプレス・ミーティング

  • 2008-06-10 (火)

新聞やテレビでもすでに報道されているが、フランス料理界の巨匠、アラン・デュカスが大阪・桜橋の新しいサンケイビルに、「大阪テロワール」を根底にすえたビストロをオープンする。

2年以上も前から、そのコンセプトワークをお手伝いしている関係で、大阪の食とか大阪人の気質とかをいろいろムッシュ・デュカスに説明している。

おととしの9月来版の折には、1653年創業の魚商がルーツの小鯛雀鮨の「鮨萬本店」から「だし」が定評のうどんの「道頓堀今井」、浪速割烹「㐂川」、加えて新進仏料理人・高山シェフの「トゥールモンド」や早朝には中央卸売市場までを案内した。その模様は06年11月号の「あまから手帖」にて「九ッ星シェフ アラン・デュカス氏 大阪テロワールに遊ぶ」というタイトルで8ページにわたってレポートした。

「テロワール」というのは、「気候、地形、地質、土壌などの複合的地域性」といったところだが、要するにその土地の持つ代替不可能性で、レストランに引きつけて解釈すると、その街に合った店舗形態や、料理素材、調理法、味付け、嗜好、気質、歴史風土・・からなる、いわば大阪弁の言語構造のようなものである。がっちょや穴子、トビアラなどの大阪湾の魚介、神戸牛、京野菜やなにわ野菜、淡路島の鶏も「大阪テロワール」であるし、くいだおれ人形も鶴橋のガード下の焼肉も白雪温酒場も「大阪テロワール」である。

今回のプレスミーティング(食事会)は新町の「ヴレ・ド・ヴレ」で行われたのだが、この会合のアレンジと事務局をビストロを経営するサンケイビルとそれを運営するグループ・アラン・デュカス日本代表のファブリス・ルノーさんからまかされてしまったのである。 

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西加奈子さんの「ラジオの街で逢いましょう」。

  • 2008-05-26 (月)

森田恭通さんに続いて、昼からは西加奈子さん。

「さくら」の25万部大ヒットほか「通天閣」で第24回織田作之助賞受賞とこのところ立て続けにヒット飛ばしている。小説ももちろん面白いがわたしはコラム本の「ミッキーかしまし」が好きで何回も何回も読んでいる。

テヘラン生まれで小学生までエジプトで育ち大阪帰ってきた、と西さんはおっしゃるが実際には「帰ってきた」という意識はどういうものだろうか。

西さんとは何回もお会いしているが、写真でもお分かりの通り、エスニックなんだけどそれがしっくり来る感じの服やアクセサリーをいつも身につけておられてかっこいい。大阪地元のわかる人にはわかるが、この人の人となりとしての感じは大阪のミナミの街場の感じで、声や話し方や話の内容も、おんなのこ的ファンシーじゃなく男前であるところにわたしは惚れているのである。 

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森田恭通さんをお迎えして「ラジオの街で逢いましょう」。

  • 2008-05-25 (日)

23日は早朝からラジオデイズの「ラジオの街で逢いましょう」(ラジオ関西・火曜深夜0時半)の収録で東京へ。

わたしははこの番組の関西版、つまり「関西人」あるいは「関西弁」バージョンを担当している。なのでふだんは神戸ハーバーランドにあるラジオ関西のスタジオで、ゲストに来ていただきお話しをお聞ききしているのだが 、昨日は東京で収録。アシスタントの五十川藍さんもいつもとちょっと違う感じがする。

1日に2回録り。午前中は虎ノ門にあるスタジオでインテリアデザイナーの森田恭通さん、午後からは銀座1丁目にあるラジオ関西にて作家の西加奈子さんである。

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大地真央さんとのケッコンでも話題の森田恭通さんには、この日プレゼンテーションと4つのメディア取材の合間のほんの1時間の間をぬって駆けつけて頂く。森田さんはとことんお洒落である。いつもものすごくカッコいい眼鏡をかけていて、もちろんこの日もそうだった。

森田さんとは実は20年以上のお付き合いをしていただいている。彼が京阪神でつくる新しい店は常に注目を集めていたし、わたしはレセプションとかプレス発表会が終わった後日、必ずその店に行きそこで痛飲し、しばしば森田さんと会った。

フランクな彼は「江さん、どうですか」と訊き、だいたい酔っぱらっているオレは「森田くん、この店はバーちゃうで」とか「トイレがどこや分からん酒場はあかん」とか、年上なことを良いことに森田さんにむちゃくちゃ言っていた。

今回のこの番組でも、森田さんはオレのそういうことをエピソード的に笑って披露してくれたけど、そのような「人が良い」人格者であることは「ゴージャス」「シャンデリア」「シャンペン」といったイメージの森田恭通からは想像しがたい。

オレは何とかして彼の全然「スカしていない」素顔と、肩の力を抜いた「阪神間的センス」をラジオで伝えたかったのである。

話は15歳のDCブランド全盛時、仏伊ものの服欲しさにアルバイトした。手先が不器用ゆえのその時のウインドディスプレーが「アバンギャルド」だといわれて、その単語を初めて知った。

そういう話からはじまる。

 1件目の店・三宮のバーCOOLのデザインのいきさつはもう4半世紀前のことで、森田恭通18歳、オレがこの仕事の駆け出し頃、の三宮に一気に連れ戻される。この店のことはよく書かせていただいた。

そして今、世界を舞台としている森田恭通であるが、依然として芦屋(どちらかといえば下町の大桝町)に事務所を構えている。

「流行る店ではなく繁盛する店をつくること」「街にとって不可欠な店とはどういう店か」などなどを自分のつくった店舗にひきつけて話す森田さんのトークは、それは森田恭通のまさに街においての身体論であり、生放送もオッケーの完璧な一発録りであっという間に終わったが、確かにこの人は「街的な人」であると再認識した次第。

放送ではそのあたりがよく伝わっていると確信している。

 

 

 

江弘毅のフランスTV出演 その2

  • 2008-05-01 (木)

通訳をしていただいたカンちゃんから、FRANCE5のサイト内での「Fourchette et Sac a dos(フォークとリュックサック)」番組紹介
http://www.france5.fr/programmes/articles/arts-et-culture/1118-fourchette-et-sac-a-dos.php
ジュリーのサイト
http://www.julieandrieu.com/

および日本語で書かれているブログでの番組の紹介http://archive.mag2.com/0000125222/20070902215757000.html?start=20

が送られてきたのでご紹介する。「昨日のジュリーさんは、雑誌にレシピなんかも寄稿する、料理評論家らしいです。『ダイエットなしでボディラインを保つ方法』みたいな著書も出しています。
お母さんの女優さんが誰かはわからずじまいですが、けっこう有名な方みたいですね」とのことだ。

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江弘毅のフランスTV出演

  • 2008-04-30 (水)

フランスのテレビ局の大阪取材のナビゲーターをした。

グループ・アラン・デュカスの日本代表、ファブリス・ルノーさんからの依頼である。「大阪のストリートフード、たこ焼きお好み焼きを案内してほしい」とのことで、先週初めに連絡をいただいてた。というのも、一昨年の秋に、来日中のグラン・シェフ、アラン・デュカスをご大阪に案内したからだ。

その模様は『あまから手帖』誌で「9ッ星シェフ アラン・デュカス氏 大阪テロワールに遊ぶ」として6ページにわたって掲載した。その際に道頓堀を通りがかったムッシュ・デュカスは「大たこ」のたこ焼きを食べ、「おお、良い喫茶店だ。ここに入ろう」と「アラビヤコーヒー」を見つけてコーヒーを飲んだ。

ルノーさんは「こーさんのケイタイに、レンラクがチョクセツですね、『リベラシオン』の東京特派員ミシェル・テマンからはいるから、よろしくね」とのことで「29日、大阪にクルーたち、行きますから」であった。

『リベラシオン』はフランス4大紙のひとつで、「左翼系ポピュリスト」の新聞である。わたしが連載をやっている『料理通信』誌の「パリのビストロ特集」で、記者のヴァンサン・ノースさんが「フランスの食ジャーナリストはすごく甘やかされていて、高級レストランではいつも招待される。だから必然的にガストロノミーを良く書く傾向にある。でも『リベラシオン』は『フィガロ』以上に辛口だし、高級店ばかりを書いたりしない。読者がそっぽを向いてしまうからね。しかし、オート・ガストロノミーも書く。なぜなら今、流行のビストロのシェフたちがそこ出身であり、本質がオート・ガストロノミーにあるから。どうして彼らが、そういう安価な店を開く必然性があったのか?それは社会学の範疇でもあって、それを分析するのが『リベラシオン」の役目と言える」とインタビューに答えていた。

「おお、これはオレらがやってきたことと同じやないか」とわたしは膝を打った。なので「だんじり以外はもうテレビに出ない」と公言していたわたしであるが、これはもちろん例外であるし、内田樹先生も許してくれるであろう。

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あーお好みが食べたい。その2

  • 2008-04-08 (火)

「お好み焼き屋は街の学校だ」というのは『「街的」ということ』の副題だが、同時にお好み焼き屋について書くことは、「書くことの街の学校」的に難しい。

「粉もん」などという言い方でひとくくりにされたとたん、郊外の大型スーパーにある「フードパーク的」な手触りを醸し出す

フランス料理のレストランを書くことは、実は簡単で記号やデータで割と何とかなる。

シェフがリヨンにある2つ星の○×で何年間修業している。ピレネー産の仔羊は肩の肉を7時間コンフィしてからロティする。それに合わすワインはドメーヌ○×の82年もの、といった具合である。

お好み焼き屋に取材に行くと、「メリケン粉に何を入れてるんですか」には「塩と味の素や」 だし、「豚玉の豚はどこのものを」には「近所商店街の肉屋や」、「鰹節は」には「そんなん知らんわ。あんたもしつこいな」である。

だから、あんまり「地ソース」とかで記号化するのも好きでなかった。

偶然「だんじり日記」に久しぶりにお好み焼きについて、長いのを一発書いているのでこちらもどうぞ。 
お好み焼きを書くことはとても面白い。

 

ああ、てっちり。

  • 2008-03-19 (水)

先週は東京「とらふぐ亭フォーラム」で新宿御苑前の厚生年金会館へ。

とらふぐ亭は、大阪・生野は今里新地の「ふぐ太郎」がそのルーツである。 経営は(株)東京一番フーズであり、この会社は現在、首都圏に50店舗を出し上場も果たした急成長企業である。 その社長が坂本大地さんだ。

今回のこのフォーラムは、とらふぐ亭を支える長崎県のとらふぐ畜養生産者からの報告(後援は長崎ふくブランド化推進協議会)、そしててっちり文化の座談会である。

わたしはてっちりの本場・大阪を代表である。フグを食べるということはどういうことなのかなどなどを坂本大地社長、元柴田書店代表取締役の野本信夫さんと大いに語ろうという趣旨だ。そして進行は水産研究者の岩成和子さんである。

坂本さんとは長いお付き合いである。もう2年も前に「だんじり日記」にも書いたことがある。 

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エンテツさんの「街的」

  • 2008-03-09 (日)

久しぶりにいろんな締切に追われている1週間。今日、日曜日の140Bで書いている。

金曜日にエンテツさんの「ザ大衆食つまみ食い」のことを書いたら、そのことについてアップされている。

また以前の「ザ大衆食つまみ食い」で、堀埜浩二くんの懐かしいミーツ連載のコラムが引用されていて、思わずグッと読んでしまう。

それにしても「地下鉄のザジ」とは、いいネタを引っ張ってらっしゃる。これは、おもしろい! 当分、このブログを読んでしまうことになりそうだ。

ところで消費社会のしんどさは、実生活においての「生きること」すなわち「飲んだり食べたり笑ったり」が、消費の下に埋もれ息絶えててしまうことである。消費社会においての実生活の諦観というか、 「生活する」ことが生きる上においてちっぽけでマイナーなことになることほど、人生がつまらないものはない。

「生活」などというと汗と涙の匂いがしてきそうだが、「生活」が楽しくないところに文化は芸術はない。「生活」は「遊び」でもあるし、それにほかならない人もいっぱいいる。

酒場にいることしか能がない人のことを「酒場馬鹿」とバッキー井上は呼んだが、それは消費者ではなく生活者を指している。 だから生活者は人生の芸術家であり金メダリストである。

エンテツさんは「これは、パンクだね。」と書いているのだがまさにそう。

しかしながら消費をやめてほかに楽しいことなどあるの、という問いが聞こえてきそうだ。

いいや。「その楽しいは、これでここにある」ということを実感することは、もちろん「これこれこういうことだ」と事実言及、事実認知をすることではなく、身をもって証明するしかない。身をもって証明するとは、それが終わってから事後的に分かるということである。その一つがオレにとっての岸和田だんじり祭だが、消費者はコストパフォーマンスで生きているからそういうことがわからない。

「街的」ということは「いまーここに生きる私」が、ありありと立ち上がるプロセスそのものでもある。

ありゃ、これは桃知利男の「街的」やな。 

 

 

「本の雑誌」とエンテツさん。結局自慢

  • 2008-03-07 (金)

ようやく『本の雑誌』の連載4回目13枚を書いて、発行人の浜本茂さんに送る。

締切に間に合った。そういう安堵と、みんな読んでくれているのやろうか、と思ってグーグルで「江弘毅 本の雑誌」と検索をする。

おお、210件ひっかかる。読んでいただいて感想を書いてくれたみなさま、ありがとうございます。こういうことがまさに書いている際「いけるんやろか」「書けるんやろか」ととかく孤独になりがちな筆者を救っていただけるのである。

「次へ」とずっと進むと、エンテツさんの「ザ大衆食つまみぐい」にひっかかる。

なにい、ミーツ2月号でオレの書いた 「ミシュランはマクドナルドか?」を村上春樹と一緒に並べて書いていただいてるではないか。あまりにうれしいので、「食と、暮らしのリアリティ、街のリアリティ。」から自分に関係あることだけを抜粋転載する。

エンテツさんありがとうございます。 

 
008/02/08「肉で盛岡の肉を思い出す。」に書いた、『ミーツ・リージョナル』には、前ミーツ編集長で『「街的」ということ—お好み焼き屋は街の学校だ』の著者、江弘毅さんの連載がある。そのタイトルは「江弘毅の街語り」で、この2月号は、「ミシュランはマクドナルドか?」。
東京というか「中央」の『ミシュラン東京版』騒動を批評している。おれが目にしたその種の中では、いちばん大事なところを突いているように思った。
例によって、やや観念的な「街的」がモノサシなのだけど、『ミシュラン東京版』がガイドブックとしてそぐわないのは、「調査員がちゃんと店を取材していないとか、鰻や蕎麦や焼肉といった日本の食を分かっていない、といったことではない」、ようするに「街的でないから」なのだという。
「<食>というものは、消費活動のためのものではなく、生活者つまり暮らしのなかのものであると思っている」「街は経済活動の場であり消費空間であるが、非常に街的度の高い人間にすると、それは生活の場に違いない」
「非常に街的度の高い人間にすると」ってところは、イマイチ腑に落ちないのだが。街は、そもそも生活の場であるのだけど、同時に消費の誘惑と勧誘の強いところでもある。「消費のための情報」があふれている。ま、それに盲従するほど、街的度の低い人間ということになるのかもしれない。
とにかく「マクドナルドがターゲットとしているのは生活者ではなく消費者である」「同様にこの『ミシュラン東京版』のガイドも、徹底して生活者ではなく消費者のためのものである」と江さんは指摘する。マクドナルドもミシュランもおなじレベルのものであり、「「消費社会」である「東京」の、マクドナルドとちょうど表裏一体のグローバルスタンダードで貧弱な<食>が星として輝いている。」
東京でも仔細にみていけば「街的」なところはあるのだけど、メディアがおおう表層は、かなり深く消費主義に侵食されている。それは地方でも、そういう「中央」の真似をしたがるひとたちがいるところは同じだろう。そこでは、大衆食堂や大衆酒場も、消費主義の対象である。いまや消費主義が未熟だった「昭和」ですら、その対象なのだ。
だから、この村上春樹さんや江さんの視点で書くことができないものかと思う。そのように志すひとが、もっといてよいのではないかと思う。いつまでも、みんなでそろって、「聖地」「珠玉」「厳選」でもあるまい。
『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』で語られる、ロスクレアという町で入ったパブの描写は、これこそ酒場だよ、酒場の人だし客だよ、と思わせるものがある。それは、そのリアリティは、東京の大衆酒場にだってある。ダイキライな村上春樹さんだけど、もうぞっこん惚れこんだ。どんな描写かは、けっこう村上さんも書き込んでいるから、読んでもらうほうがよいね。新潮文庫。

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堂島ホテル→博多・小倉→岸和田

  • 2008-02-25 (月)

22日金曜日。ミーツの20周年イベントが堂島ホテルであって、バッキー井上や謎の街的先輩の的場光旦さん、「赤い人」浜崎健さん、間宮吉彦さんにマーブルの中野さん、マーキー谷口、ビームスの白川さん、神戸から大倉カイリさん&キムさん、ライターの寺下光彦さん、そして東京から田中知之さんなどなど懐かしい面々が揃う。わたしは彼らとはしばしば会ったり、また彼らも誰かと誰かが会っているが、こういったメンバーが一同に顔を合わすのは、こういう場でないと不可能である。

スカパラのステージはびっしり満員。 11時から田中知之のDJであり、その前に現編集長の金馬ちさんの紹介で30秒ぐらいの挨拶をする。 クラブイベントは、創刊からポール・ブラッドショーのロンドンからみのものや、ピチカートファイブ小西康陽、KYOTO JAZZ MASSIVE、Monday満ちる…ほんまにいろいろとやってきた。しかし堂島ホテルという場所でこうしたスタイルでのクラブイベントは記憶にない。

 その都度カウンターに並んで「SUPORTED by JACK DANIEL'S」のソーダ割り500円也を飲むが、これがあまりにも薄い。70年代のディスコのバーボンソーダを思い出させるのであった。何回も並ぶのがじゃまくさいので最後はいっぺんに4杯注文していた。創刊20周年か。

 

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織田作之助賞と『王将』

  • 2008-02-22 (金)

西加奈子さんが第24回織田作之助賞を取られたので、その授賞式と祝賀会に行く。

織田作之助賞は関西とりわけ大阪をベースにした作品についての賞である。

西さんの受賞作品はそのど真ん中で『通天閣』である。

講評で『東京タワー』との比較があって、ありゃありゃと思ったのだが、わたしにしてみれば東京タワーと通天閣とは、全く違うカテゴリーのもので、比較したり相対化したことはないので新鮮だった。というよりも、東京タワーにはのぼったことがない。多分、中学生の頃にのぼったのだけれど、見事に記憶がないのだ。

西さんはその講評を受けて、スピーチで東京タワーにのぼって見る東京の景色と通天閣のそれを話した。

東京タワーにのぼって街を見下ろすと、「よーし、がんばるぞ」と力がわいてくるが、通天閣から見る大阪の景色は何回のぼっても「きったないなあ」というものでしかない。

ここで会場は笑いの渦になったが「けれどもそれはそれで深い」と西さんは言った。

この類の大阪の話は古くからある。村田英男が歌った『王将』もそうだ。

この歌は将棋の勝負師・坂田三吉を歌ったものだ。「銀が泣いている」の坂田三吉は新世界を根城にし、貧困無学ながらも賭け将棋で身を立てる。

東京の関根金次郎に惨敗した後は、打倒・関根の鬼と化し、貧乏長屋暮らしで女房の小春を泣かしつつも、ついに名人位をかけた関根との決戦に東京へ向かう。

『王将』の三番にはそれが歌われている。わたしが小学生の頃、死んだ親父が酔っぱらうとコブシを回してよく歌っていたから、覚えているし、王将はこの三番が良い。

明日は東京へ出てゆくからは

なにがなんでも勝たねばならぬ

空に灯がつく通天閣に

おれの闘志がまた燃える

というものだが 、坂田三吉にとっては東京は「勝ちに行くとこ」であり、坂田のファンだった織田作もそうだが、西さんもそういう大阪人のDNAを強く引いているのだとわたしは思う。

翻って大阪は人情の街で、負けて帰ってきた人間に関して優しい街、とよく言われているが、浅草の桃知利男が言うように 

生活しやすいとか、思いやりがあるとか、下町情緒に溢れたとか、人情に溢れたとか、そんな形容詞で「街的」は表現できるものではありませんよね。「街的」とは「私」がつくられていくプロセスのことです。 

であるのだ。わたしは桃知のこういう感覚が大好きである。そしてその「私」がつくられていくプロセスこそが、すなわち大阪的であるだけだ。 

橋下府知事になったから。

  • 2008-02-12 (火)

というわけでは絶対ないとは思うが、いきなり大阪府教育委員会から、寄稿依頼というかメッセージを書いてください、という依頼があった。

それは大阪府が昨年度から始めている「こころの再生」府民運動である。大阪にゆかりのある著名人から「こころの再生」にかかわるメッセージを寄せて頂きたいということである。

わたしは著名人であるとおもったことはないが、大阪府には「ゆかり」ありまくりだと思っている。

それはいわずもがな岸和田のだんじり祭に30年以上も関わってきたことでもあり、岸和田という街がわたしを実際に育ててくれたからだ。わたしは祭を通じて人や社会を知り、だんじり祭によって人生の大方の所を学んだ。

「街的」とは「私」がつくられていくプロセスのことです。 

というフレーズは、昨日の桃知利男が書いたものだが、まさにそのプロセスにおいての実生活がオレにとってのだんじり祭と編集の日々である。

ご担当のSさんのメールには、 

「こころの再生」府民運動は、今、子どもを巡る痛ましい事件や悲しい出来事が多発する中、生命、あいさつ、感謝など、本当に大切なことを、今一度、確認し、「あかんもんはあかんと言おう」「ええもんはええとほめよう」「あいさつを大切に」など、一人ひとりができることから、はじめてみようと、呼びかけている府民運動です。

とある。 その合い言葉は「ほめる 笑う しかる」とのことで、なんやこれはそのままやないか、と思って笑った。

「ほめる 笑う しかる」というのは、岸和田のだんじり祭そのものであるからだ。オレは去年の祭に48歳で世話人になっても、相変わらず長老のおじいからそうされている。また「あかんもんはあかんと言おう」「ええもんはええとほめよう」「あいさつを大切に」でないと、あの激しい祭は滅多なことでやれない。

休み中に「月刊バジリコバジリコ」の連載次号を書いていたのだが、昨夜の桃知の往復書簡は(オレが書こうとしていた)ほぼ同じようなことを書いていて 、それは「江弘毅(あるいは桃知利男)」が「われわれ」(つまり「ワシらも考える」)であり「私」であるかぎり、一人ぽっちの「みんな」ではない、というところにつきるのだが、「あかんもんはあかんと言おう」「ええもんはええとほめよう」「あいさつを大切に」などと、敢えて言わないといけないところに、現状の大阪のキツさがある。

橋下氏も平松氏もテレビに出るのもいいが、テレビでは真顔でそれを言えないところに、同様にテレビという装置と大阪の街場のキツい関係性がある。

阪急メンズ館。

  • 2008-02-11 (月)

阪急メンズ館について、朝日新聞生活文化グループのSさんがインタビューにいらっしゃった。

数日前にミーツに書いた連載コラムの原稿をお渡しする。Sさんはふむふむと読む。

Sさんはいろんな識者にメンズ館のことを聞いたらしいが、「ナビオの居抜きのままで、ブランドだけ集めている」などと、みなさんあまりいい印象はもっていないとのことだ。

「大阪のファッションのシーンにどういう影響を与えるか」とのご質問だが、その総数を勘定するのも億劫になるほどのブランド数は、これを「編集型のフロア」と呼ぶのかどうか知らないが、これは完全に「ファッションブランドの情報アーカイブ化」だと思うと答えた。

ミーツのFくんは、いち早く内覧会に行き、そのインプレッションを「資料に」とわたしに送ってくれていた。その内容もちょっとネガティブ気味でだが、なーるほど」と思うのであった。

加えて、野口強にインタビューしたそうで「これができることで大阪のシーンがどう変化すべく期待しますか」と聞くと「そんなことに興味はない。それぞれがそれぞれの使い方をすればいいでしょう」と断じたらしい。

そういうことよりも「昨日は北新地のドコで飲んでたんですか?」とかそんな話を聞けば良かった、とFくんは「なんだかなあ」というニュアンスで付け加えてあって、それが面白くて笑ってしまったのである。

だからわたしも野口によるコーナーの「クワドロフェニア」には何の興味もないのである。それよりもデザイナーやクリエイターではなく、東京の雑誌スタイリスト界のプチ有名人を使って「なんかしてやろう」というのがここでいう「編集型フロア」ということなら、ちょっとしょぼすぎる。

「ブランドこんなけ集めました。すごいだろ」というのが、この「なんだかなあ」という気分にさせているのだろう。

別にブランドが沢山集まったところで、カッコいいとかお洒落とかは関係ないが、ルイ・ヴィトンとトム・フォードとアルニスとキートンが一気に見ルことが出来、それにアクセス可能なのは便利である。

実際、トム・フォードではプレセールで80万円のスーツが3着も売れたそうで、それも現金払いのお客がいて「銀行員じゃあるまいし、店員さんは1万円札を勘定するのは大変やろなあ」とマダム松澤さんは笑って言っていた。

まあ、こんなところが大阪らしいちゅや大阪らしいのだが、わたしもひょっとしたら、これはバーゲンには便利で、一発買いに行ったろかいな、などと思うのであった。

うちの代表の中島淳は伊勢丹好きで知られるそうだが(ワシはそんなもん知るか)、かれの感想を拝聴したいものである。

くわしくはミーツ3月1日売りにてお読みください。

 

 

 

 

ラジオの街で、ナビオ阪急と三国商店街に、逢いましょう。

  • 2008-02-02 (土)

ラジオの街で逢いましょう」の収録。

この番組は「ラジオデイズ」にアーカイブ化されパソコンの前でストリーミングで聞ける。だからラジオの放送を「聞いてそれでおわり」ではないので、いつもプレッシャーがかかる。 

この日のお客さまはサントリーのチーフブレンダーの輿水精一さんと神戸大学大学院経営学研究科教授の 金井壽宏さんである。

輿水さんはNHKテレビ「プロフェッショナル」でも06年に登場されていて、そのビデオを見ると多弁ではないが技術者らしい真摯なお人柄がにじみ出ていて好番組だった。

この日は日本では十指に満たないブレンダーという仕事、そしてウイスキーの樽熟成つまり「人知を超えた神秘」についてお話しいただいた。

うまいウイスキーは科学と経験や勘のまさに「ブレンド」であること、十年二十後の熟成をどう予測し、それをイメージするかが大切で、アシスタントの五十川藍さんは「子供を育てるみたいですね」と感想を言っていたが、ほんとうにそうだと思った。

輿水さんの録音を終え、ラジオ関西のスタジオから神戸大学へ、ボディにJOCRと大書してあるラジオ関西の派手なバンで移動、金井壽宏先生の録りに向かう。

六甲台にある神戸大学の経済経営法学部の校舎は久々、ほとんど30年ぶりである。内田樹せんせのいる神戸女学院も誠に美しいが、わたしはこの建物が関西にある大学の建築で一番好きだ。本館前の広い階段から見上げる姿は旧制の商業大学、そして神戸に似つかわしい。

この昭和10年に竣工されたベージュ色のテラコッタ張りの美しい建物を初めて見たときは「すごいなあ、でかいなあ」と思ったし、わたしが通っていた農学部のその六甲台のすぐ下にある六甲ハイツの校舎群が味気のない戦後の建築で、経済経営法学部のこの校舎に行くたびに「こいつらはええなあ。うらやましい」思っていた。

しかし今こうして校舎前にクルマで乗り付け、中に入ると「あれえ、こんな小さかったんや」と感じた。

金井先生はわざわざ会議室を取っていただいて、その部屋が小さな鏡があるまた味のある部屋で、感激した。

収録は教育心理学から経営学の組織論にどうして進まれたのか、140Bとも関わりが深いミシマ社からの新刊の「やる気!攻略本」について、「体調管理法」としての「モチベーション」と話が進む。わたしも五十川さんも相づちを打つだけで35分、いきなり機関銃のように話し出す金井先生にそのままマイクが入り番組集録が終わったという感じだった。

ワンフレーズでこれだけの言葉を詰め込む方は初めてだ。「節目」「ひと皮むける」「踏ん張りどころ」そして「金とモチベーションの話」は、とても関西のそれも神戸の水道筋商店街のご出身らしい表現で、ぐっときた。

神戸大から三宮まで送ってもらって、本日オープンの「阪急のメンズ館」に向かう。朝日新聞からそのオープンと「大阪のファッション」について、インタビュー依頼があり「見といてほしい」と言われていたからだ。

これについてはミーツの連載にも書いてほしいとオファーがあったので、これから書くことにする。

ナビオ阪急にそのまま「よくもここまで」のブランドをぶち込んだメンズ館は、大混雑を覚悟していたものの、7時前という時間だったのか案外人が少なくそれに驚いた。

 ザーと見て、宝塚線に乗って梅田から三国に向かう。淀川区役所の事業で三国商店街の活性化のためのワークショップにオブザーバーで呼ばれているからだ。

阪急電車に乗ると車内吊り広告が見えた。そのコピーには「インターナショナルブランドが嵐のごとく、世界一をめざす品ぞろえ」とあった。

十三の次の三国に着いて時間が30分ほどあるので、商店街の路地のはいったところにあるお好み焼き屋がうまそうなので一人で入った。

おお、おっちゃんが鉄板でお好みと一緒に、ゲソやめざしを焼いている。おでんのステンレス鍋もある。豚玉が焼けるまで、大根と厚揚げのおでんを食った。これはうまい。むちゃくちゃうまい。

なぜか阪急宝塚線の三国の住人になった気がして、今日1日を振り返り、メンズ館のオープニングパンフを取り出した。なに、スタイリスト? 野口強? これは完全に終わってるな。根拠がないがそういう気がした。

 

 

 

テレビのコミュニケーションの手練れと大阪の身体論。

  • 2008-01-29 (火)

橋下徹氏が大阪知事選に圧勝した。

その知らせは、内田先生宅で08年甲南麻雀連盟打ち始めを夜遅くまでしていたときに、京都・錦のバッキー井上からのメールで知った。コミュニケーションの手練れである彼のメールは鋭い。

「大阪なくなるんちゃうか。」という読点を含めて12文字のメールだった。

明くる日になって、毎日新聞が夕刊でそのあたりのことを「読ん得」という全6段の記事で書いていた。

見出しは「テレビの続き? 本気でどこまで」というもので、非常に新聞らしからぬ面白い記事である。ます、街頭演説の締めから。

「偉そうに言ってますが、1カ月前までジーパン、茶髪にサングラス、そのへんをぶらぶら歩いてたような男です。皆さんの気持ちと一緒なんです!」

で、どうする、はすっぽり抜けたまま、続いて歩いた下町商店街では、さらにタレントの顔が全開だった。テレビのクルーが追っかけているせいで、まるでバラエティー番組のロケ状態。「あっ、橋下弁護士や」「へぇー、テレビより男前やん」。ケータイのカメラでのツーショットをねだれば、労をいとわない。おどけポーズだってへっちゃら。おばちゃん、おっちゃん、坊ちゃん、お嬢ちゃんまで飛び出してきた。人気者である。

移動の車中でインタビューした。突然ですが、あなたのふるさとは大阪? それともテレビ? 「うーん、どっちもかな」。正直である。あの2500万円申告漏れ報道(06年5月)のあと、事務所の先輩である爆笑問題の太田光さんがあなたの対談の中で語っていました。 <テレビの場合は、何をいってるかななんて、本当は誰も聞いちゃいないんです。だけど、真剣に何かを話してるってイメージだけはちゃんと伝わる>(橋下徹著「まっとう勝負!」(小学館)。あれこれ釈明するより「脱税弁護士の橋下徹です」が有効とのテレビ論、橋下流の演説に通じますね。「ええ、テレビは中身じゃないんです。僕の演説も政策の中身は話していない。玄人の9割ぐらいに反対されているんですけど。だって、寒空の下でマスを相手にしゃべるとき、そりゃ、伝わらないですよ。自らの突き進んでいる姿、それだけを伝えようと思って。メディアに身を置かせてもらって学びました。脳ミソに働きかけるのと心情に働きかけるのとの違いをね」

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大阪府知事選マニフェスト討論会で質問指名された

  • 2008-01-10 (木)

年末は28日の「ミーツ」の連載7枚、年始7日は「料理通信」の連載「安くて旨くて、何が悪い!」の取材で今里新地の「ふぐ太郎」に行き、その後「本の雑誌」の13枚の連載締切を書き倒し、8日は入場予約していた大阪知事選のマニフェスト公開討論会でドーンセンターへ、昨9日は京都精華大学の講義。そしてやっと今、デスクでこれを書いている。 

わたしの街的先輩であり同盟者である金井文宏さんが運営委員をやっている「ローカル・マニフェスト推進ネットワーク」による、熊谷、橋下、梅田3氏の大阪府知事選立候補予定者の公開討論会は大迫力だった。

入り口で3者のマニフェスト集を渡される。梅田氏の冊子がダントツに良くできている。イラク自衛隊派遣差止訴訟弁護団をやられていた人柄さえも感じられる。

注目されるのは何と言っても、タレント弁護士の橋下徹氏である。

茶髪、グラサンをやめ、スーツにネクタイ姿の彼は「メディアの人」そのものである。

7日付の毎日新聞によると、芸能プロダクション「タイタン」の社員が選対本部長で、「ポスターは府下で50~60枚張れば十分」「夜の演説会はしない」「街頭に立つ回数も絞って、効果的に」と、マーケティングの世界で流行の「プレミアム戦略」。露出の価値を高めて有権者の関心を引き寄せる作戦だ、とのこと。

「2万%出馬はない」と言っていたことはともかく、この「プレミアム戦略」というのは逆に下卑ている感じがして気分がよくない。

討論会は「太田府政の評価」「財政危機」「環境・防災」「教育再生」「福祉・医療」「産業復興」などの項目に、各候補者が公平に1分や2分間で答え述べ、そしてその後は候補者間の討論と会場からの質疑応答という内容だった。

さすがにテレビ慣れしている橋下氏は、歯切れがよくメリハリが利いた発言である。

しかしそのマニフェストの内容は「府下公立小学校の運動場を芝生に」「石畳と淡い街灯を街に」といったものが目立ち、政策というよりアイデア先行かと。

前阪大教授の熊谷さんは、テクノクラート的で「偉そう」なイメージがあったが、発言内容とその語り口ともに大阪らしい「ええおっちゃん」で、ちょっと意外というかなかなか感激したのであった。

「府民一人の所得を50万円アップ」という公約に、橋下氏は「そんなことできるわけがない」と激しく否定。教育論では「5教科よりもクラブ活動や個性を」という橋下氏に「小中はやっぱりしっかり勉強を。好きなことは高校になってからやったらええ」と逆に応酬。エキサイティングだった。

「真面目な話は真面目な顔をして話さんとあかん」という熊谷氏は、かなりTVワイド的インパクトを持つ橋下氏にいらだっている様子だが、わたしも同様である。

大阪府知事は太田房江の前が横山ノックであった。

庶民派こてこてのノック知事に対して、太田氏はとことん「中央直結」で、関空のプロジェクトを進め、また1兆円投資し堺に進出するシャープに330億円の援助をしてその実現を促した。 

わたしは〈実生活者〉として「そんなのカンケーねえ。企業経済より暮らしや」と思う側であるが、TVというメディアの傘の下にいる橋下氏にももうひとつの中央直結的な感覚がしてならないのである。

最後に候補者への会場からの質問と応答があり、その質問票に長文を書き入れたわたしが「岸和田市の江さん」と壇上にいるコーディネーターの今井一さんに指名された。

大阪の摂河泉としての多様性やいろいろな街のその地域性と、70年代以降のニュータウンやジャスコ、コンビニ化する経済合理性~グローバルスタンダードのベクトルについてのそれぞれのビジョンを尋ねた。

橋下氏は「街に街灯と石畳で個性化を」と言い、三休橋筋や中崎町の長屋再生の例をあげ、熊谷氏は「商店街はそんなもの必要としていない。自転車屋さんが自転車屋さんとしてやっていける方法を考え助けるのが仕事だ」と言った。

わたしは三休橋の記事はそれこそ何回も書き、中崎町の取材もそこでの鼎談「まち暮らし・長屋暮らしのリアリティ」も本になっている。

あまり人を舐めてもらっては困るのである。

そう感じた記者さんがいたのか、帰りに「江さん」と呼び止められて取材を受けた。

 

宇宙人来訪、か?

  • 2007-12-21 (金)

神戸女学院の講義に招かれて、「メディアで働くこと」について話をする。

このところコミュニケーションの現場であるメディアは、ケータイ電話が出てきてから「つながりの社会性」が一番前に出てきて、雑誌や活字媒体をやっているわれわれも、そんな中でかつてとは違う 「技法」みたいなことが要求されている。

それは「コンテンツの充実」や「意味が濃い」といった内容より、まず「接続」が要求される。いわゆる「つかみ」というやつで、贈り物の「中身」ではなくてその「パッケージ」が問われてます。メッセージがどんなメディアに乗ってやってくるかとか、「接続のコミュニケーション」が過剰露出してるんですわ。シビアな時代です、みたいな話をした。

「宇宙人来訪」という5文字を大スポで見るのと朝日新聞の号外で見るのと、もう初めから受け取られ方は違うのは何でか、「メディアはメッセージである」みたいな話もした。

この話は10日ぐらい一生懸命、街場とわたしらの現場のコミュニケーションを考えてレジュメを書いたのだが、いともたやすく内田樹先生は、本日のブログでその問題点の本質について述べられていた。

そう、そう、そういうことなんですわ。
ということで、 さっそく「コミュニケーションとは空気を読むこと、の過剰」について書こうとする。これは、どちらも締切が近くなっているミーツ次号の「江弘毅の街話」か、たいがい月刊バジリコバジリコ「大阪からワシも考える」で掲載する予定だ。

 「情報バラエティ番組」というのだろうか、何が流行っているのかとかの街ネタ紹介のノリ一緒に、散弾銃で人を殺した事件のニュースや、厚生年金や知事選といった政治さらに外交の話題も、おなじお笑いタレントやアナウンサーがからみながら、わいわいとやってる番組が多くなっている。そんな番組が「7時のニュース」と著しく違うところは、番組の手触りがそのスタジオの「空気感」そのものな感じがするからだ。

それはやはり関西人特有のコミュニケーションの技法である「ボケとツッコミ」がベースにあることであって、かえって「漫才になっていない漫才」のようなそののっぺりとしたステロタイプさに退屈する。

要するに、その「場の空気」を誰かがつくり、タレントや文化人や大学の先生といったコメンテーターが、よってたかってその「場」とか「空気」とか「流れ」を読んでどんどん会話を転がしていく。

 そこでは「つかみ」とか「ノリ」、あるいは「笑いを取る」とかが全面にあるだけで、彼らのメッセージの中身が見えてこない。ひょっとして中身なんてないのでは、というのは言い過ぎだろうが、「場の空気を読むことに、コミュニケーションのリソースを使い果たすようなコミュニケーション」(@平川克美)に長けた人間をこれをタレントとか言うのだろうと、納得している。

大阪人のコミュニケーションのおもろさは、確かにボケとツッコミにあり、小学校の時から例えば、Aから「消しゴム貸してくれ」と言われてBは「はいよ」とぶっといマジックを渡す。Aは「消しゴムて言うたやん」と返すのではなく、紙にマジックで「消えへんやん」とごしごしやる。すかさずBは「ほんまやのお」とAの頭を一発張る。

大人になっても相変わらず街場のスナックで「ライター貸してくれ」といって出てきた灰皿で「ジュポッ」とかいってやって回りを喜ばしているわけだが、そういうのがおもろいのは「その場」にいるABの成員以外が「お前ら、あほやのお」という「外部」であり、それがあるから成り立つのであってで、それを完全に「その場」のみの「外部のないメディア」つまりテレビというでやるのは、「違うねんなあ」と思ってしまう。

その都度の接続のコミュニケーションばかりが過剰に観察され、そこでの「空気」が読めるか否かばかりが、このところのテレビの「吉本タレント的情報番組」のうっとうしさであり、こちらが報道的にドライに欲しいコンテンツや批評のスタンスをかえって損なっている。

「場の空気を読むリテラシー」は大事だけれど 、それだけが芸では絶対ないし、むき出しの「場の取り合い」は、実に街的ではなく、チョロいしいなかもんくさい、と思う。

そういうものとは全く違った筆致により、浅草の桃知利男がまた「2だんじりメガトン」級で書いてくる(オオサコによる追記:カンカン場でやり回しをしようとする時のだんじりの威勢の良さを「1だんじり」と勝手に決めます。ちょっと古いか)。

タイトルも「街的な野蛮人」である。これは面白い。が、ちょっと哀しい、家族についてのラテン的な文章だ。 

これを読む人は、おそらく泣いてしまうと思うし、オレも泣いてしまったが、桃知も泣きながら書いているのだろう。

「街場の語り口」と「ホスト」

  • 2007-12-14 (金)

こないだまで神鋼スティーラーズ監督をしていた増保輝則さんと久しぶりに寿司を食いに行く。

いつもの三宮東門にある「源平」で、ここは予約は不可能の街的な鮨屋だが、ラッキーなことに小上がりの座敷席がだだ1つ空いていた。

かれは早稲田出身の東京の人だが、ときおり喋る関西弁もうまい。それは関西でラグビーを心底やってきた証であり、同僚や後輩のラガーマンの「とてつもない人物」としてのおもろさを、彼らの関西弁の口ぶりをまねて言う話は、吉本の芸人より数倍おもろい。それは実際に、一緒に「生活」をしていたゆえのリアリティである

東京の人はいろんな東京弁を話すが、オレはテレビに出ているタレントやコメンテーターの業界弁はあまりすきではないし、「~じゃん」とか「うざーい」とか言う街場の会話を聞いていると「なーにが、じゃん、やねん」と理由もないのに腹が立ってしまう。

内田樹先生や平川克美さんの東京弁としか言いようのない東京弁は懐かしい感じがするし、浅草の桃知利男さんの語り口がはとても下町チックで、いつもわいわいとやっているが、この増保さんのラガーマン・チックな語り口も大好きである。

彼らはビジネスや消費空間のことばで喋らない。

この日は人並み外れた膂力、胆力を兼ね備え、その強さを持てあましているラガーマンたちの街場でのどうしょうもない力の発露(つまりヤンチャぶり)で大笑いしたのだが、だんじりをやっている人間と同様に、わたしがスポーツの中でラグビーをする人間がとりわけ好きなのは、ホストクラブの「ホスト」が入っていないところだ。

このところ、野球やサッカーの選手は、話し方も風貌も髪型も服装もどこか「ホスト」が入っている感じの男が増えてきて、そこのところがちょっと嫌いだ。ロッテの西岡(登録名がTSUYOSHIである)も浦和レッズの阿部はまる出しだし、新庄にしろ中田英寿にしろそれは確かに「入っている」。

バッキー井上が地元・京都のお好み焼き屋について、140B劇場に書いている。

かれの書く(行く)京都の店の原稿が上手いのは、京都・錦市場の店で自分で漬けた漬物を売り、近所の魚屋からもらったカンパチのカマをカンテキの炭火で焼いて食べている、そのリアリティにおいてしか書かないからだ。そしてそこに「実人生」というものがちらりと垣間見えたりする。

去年に講談社現代新書から出した『「街的」ということ~お好み焼き屋は街の学校だ』で、いろんなところから街についてのシンポジウムに招かれるようになったし、週1に大学で「まちづくり論」をやることになったが、どんどん加速する情報を軸にして高度に発達した「消費社会」そのものの街場を「生活の場」とすることが、いかにしんどいかを実感している。 

しかし、バクダンの下を逃げまどい、親を失った子供は都会に数え切れぬくらい残された。多くは「街の子」となって自活するしかなかったのではないか。「心のケア」という言葉を聞くたびに、美空ひばりが子どものころ歌った「わたしは街の子巷の子……」を思い出し、あの子らは、そういう結構なものは受けてない、と思ってしまうのである。こういうこだわりをもつのは、それこそ「心のケア」を受けてないからかもしれないが、わたしはそのことを感傷的だと卑下したくないのである。(富岡多恵子「難波ともあれことのよし葦」P20)

だからバッキー井上は、原稿の中で「あー」と言い、酒場の特集では「稼がんといかん」と呻いている。

つまりいまの「まちづくり」は、コンビニやスターバックスやがどんどん店を出していくシステムになっていて、 生活を支えないかんおばちゃんがお好み焼き屋を出したり、市場の魚屋の息子が新たに鰻屋を出したり出来ない「街場」になっているということだ。

もう5年も前、バッキー井上がミーツのお好み焼き特集のコラム「人生の目撃者としてのお好み焼き屋」で、最後に「行政はお好み焼き屋に助成金を出さなあかん」と書いていて、オレは「アホ全開やなあ」と思ってそこを削ったことを思い出している。 

先日送った「大阪の街場」についての原稿がアップされている。

「大阪からワシも考える」であり、これはこのところ「馬力出しまくり」の東京の出版社・バジリコのHPの「たいがい月刊バジリコバジリコ」というサイトのなかの連載である。

これもぜひ読んでいただきたいと思う。

 

「大阪からワシも考える」入稿。

  • 2007-12-10 (月)

「バジリコ」の編集者、安藤さんは元・晶文社の編集者であり、一昨年の「岸和田だんじり祭だんじり若頭日記」は、安藤さんの力によって世に出た単行本である。

その安藤さんが、バジリコでWebマガジンをやっていて、「書きませんか」とうれしいオッファーを頂いたのが、今年のだんじり祭明けの頃。この短期連載と「ミーツ」で連載中の「街語り」のコラムをベースに、大阪ネタを集めて「来年に1冊」とのこと。うれしい話である。

さっそく第1回目の締切が今日なので、10枚の原稿を書いて送る。

「大阪コテコテなにが悪い」「ベタでええやん」の「ウチ大阪、好っきやねん」の違和感についてである。「郊外化」する街場、「メディア」の大阪、「下流」な生活…といったものに、欲張りにアプローチした。

もちろんタイトルは東浩紀・北田暁大氏の『東京から考える 格差・郊外・ナショナリズム』からのパロディである(笑)。

けれども江弘毅、真剣に「大阪からワシも考える」である。

というわけで、今日は「岸和田・浅草からワシらも考える」はお休み。書けなかったのである。

コメントに丁寧に、見事に、書ききっている桃知利男よ、居酒屋浩司で牛スジ煮込みでホッピーでも飲りながら、ちょっと待っといてくれぃ。

 

動物か!\(-_-)  桃知利男の絵文字はおもろい 

  • 2007-12-08 (土)

土曜日にもかかわらず(土曜日だからか)桃知利男が、すごい勢いで書いてくる

同様にアクセス数がどかんと増えた。

社長の中島が、今日の桃知エントリー

つまり、あたしらのやっていることと言ったら、今や個人の気付きに頼るしかない、というなんとも細々とした営業なんですよ。そこで、「兄さん、こっちにもっと面白い〈世界〉がありませ!」と呼び込みをしている怪しげな男が江弘毅なんです。

のところを朗読して「そうかオレら140Bは、やっぱりテキ屋やったんや」 と笑っている

今日のモモログにもあるが、彼は「管理者権限をフルに活用し、140Bのトップページの一番上に「140B劇場-浅草・岸和田往復書簡」を表示 」してくれたりして、頼もしい限りである。あらためて御礼を申し上げる。

桃知は「書くこと」についてのプロである。オレもプロなのであるからして「次は何かいたろ」と思うわけであるが、「書く」よりも「読む」方が断然、時間がかかる。それは何千倍、何万倍である。

「書くこと」についてのシロウトはそこが分からないから、原稿用紙を書いては破り、パソコンとにらめっこしてはうんうんと唸っている。

しかしながらインターネットの世界は便利になったので、一発で「書くため」に「読むべき」物に到達できる。

しかしながら(それにしても、か)、オレはメールにしろケータイにしろ絵文字を見るとゾッとするタイプだったが 、時折使う桃知利男の絵文字は

動物か!\(-_-)

にしろ

ギャル文字万歳なのである。\(^o^)/

にしろ面白い。

 

 

「ポール・スミスもアランミクリも、京都のバッキー井上も

  • 2007-12-04 (火)

下町に暮らす」という特集を、その昔「ミーツ」でしたことがある。

そのバッキー井上は、わたしとは20年以上の長いつきあいであり、かつて知る京都随一の書き手であり、家業は錦市場の漬物屋で、店にも立っている。

そういう彼が「京都」について書き始めた

京都はいわゆる「よそ者」には閉鎖性が強い街といわれていて、実際それは当てはまるのだが、ことビジターに対してはそうではないとのことだ。

京都を楽しむにはやはりそこで長く暮らすことが一番だというが(これは岸和田でもどこでも当たり前である)、時々「観光に来ている人が羨ましくなる」ということだ。
京都は確かにその奥行きが深くて「ややこしいとこ」であり、それは市場で生まれてずっと暮らす彼のような人にとってもいつまでも同様である。

バッキー井上は

京都のことを多少知っていると言う人を京都人は好まない。俺も好まない。なぜなら京都人は京都のことを少しぐらい知っているという自負はあるが、知らないことのほうがまだまだたくさんあると思っているので、ヨソの人が京都のことをよく知っている状況に出くわしたくないし、京都検定の本を買うような人が近寄ってきたら、その場から逃げるか京都以外の話ばかり京都の人はすると思う。

と書く。

そこにあるのは徹底的した「土地への敬意」(@アラン・デュカス)である。  

今、ミーツの連載を書こうとしていて(それはミシュラン東京版のことである)、世界1の10個以上の星を持つアラン・デュカスを読み直している。 

アラン・デュカスは

日本の文化についてじぶんが感じてるのは(略)「地方にある」ということです。「地方にある」ことによって、歴史が深く保たれてて、動かない。人間がいて、歴史があって、ストーリーがあって、言い伝えがあって、習慣がある。そういった中で、料理は生まれてくるものだと思います。(『料理通信』06年 Test Edtion p19)

と語っている。 

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「本の雑誌」連載開始。で、タイトルは?

  • 2007-11-29 (木)

来年早々から始まる『本の雑誌』の連載の1回目を先週末に書いて送った。

9月のだんじり祭が終わった頃に、本の雑誌社の杉江さんからオッファーがあったこの連載は、「ミーツの編集秘話や、そもそも編集者になった経緯などから140Bの設立まで」という壮大なもので、原稿量は1回14枚である。

連載期間は2年間の予定で、その後、単行本にしていただけるようだ。

何せ14枚なので、なかなか手強い。

わたしは編集者なので、自分が書いた原稿に、逆に編集者から手を入れていただくのは何とも思わない(むしろありがたい)ので、とにかく「うわーっと書いてみます」と杉江さんにお伝えしたら、「小社発行人・浜本が江さんの原稿をしっかり読ませていただきますので、うわーっと書いていただければ大丈夫です」とお返事があった。

こういうノリは大好きである。けれども14枚に何を放り込むかを「うわっー」で書きながら考えないといけない。だから3日間しっかりかかった。 

週が明けて発行人の浜本さんからメールがあった。

「原稿拝読しました。面白いです。一行目のかっこよさが全編を貫いていて、男前な感じですね。リズムも素晴らしいです」 とのことである。

うれしい。額面通りに受け取らせていただく。

ただ最初なので、コウヒロキという人間がどんな人物か、また「ミーツ」を知らない読者がいるということなので、その自己紹介的なさわりを100字ほど書き足して、昨日の夜遅く再送した。

そこではたと気づいたのだが、連載のタイトルについて何もお聞きしていなかったのだ。

こういうことってアリですよね。 

 

アラン・デュカスと仕事の話。

  • 2007-11-28 (水)

1ヶ月ぶりの東京出張。

半蔵門にあるグループ・アラン・デュカスのオフィスで、来日中のデュカス氏とミーティングのためだ。

その内容はここでは書けないけれど、世界1のシェフ、A.デュカス氏は去年の来日時に、わたしは彼を大阪にお呼びして「九ッ星シェフ・アラン・デュカス氏、大阪に遊ぶ」ということで、「あまから手帖」に8ページの小特集をした。

高麗橋にある小鯛雀鮨の「鮨萬」、道頓堀「今井」、浪速割烹「喜川」(喜は七が3つ)、「トゥールモンド」、「吉兆高麗橋本店」そして中央卸売市場にご案内したのである。 その模様は毎日放送、朝日新聞でも報道された。

アラン・デュカス@すし萬

 

当然、雑談はいまテレビを賑わせている「ミシュラン東京版」になると思いきや、この世界1ミシュランの星を持っているデュカス氏は、「星?そんなのあまり興味がないね」とのことだった。

そういう天衣無縫の人柄が彼の魅力でもある。

これはぎりぎりの話だけれど、大阪での取材最終日に「押し寿司の型を買いたい」と彼はこっそりわたしに言って、わたしは取材クルーを巻いて、奥さんとグループ・アラン・デュカス日本代表のルノーさんだけを連れて千日前道具屋筋に行った。 「一体何に使うのだろうか」との疑問をそのまま彼にぶつけると、かれはウインク1発だけで返してくれた。

 

昨日のミーティングでは話が長くなりすぎて、午後7時に大阪に帰らなくてはならないわたしは失礼にも途中で抜けることになった。

その時、わざわざミーティングを中座して彼はドアを開け、わたしをオフィスの外まで送ってくれた。

東京出張から帰って、その足で「大阪市コミュニティ協会」のラウンドテーブルに行く。

今年1年、議長代行を仰せつかっているのである。

なんかデュカス氏ともっと話をしたかったのだが残念。 そして一人、先に抜けたことの後味の悪さをかみしめる。

神戸の元祖・ミンチカツ

  • 2007-11-25 (日)

連休真ん中の土曜日。「料理通信」の連載「安くて旨くて、何が悪い!」の取材で栄町の「双平」をお訪ねする。

開店してまだ3年そこそこの洋食屋さんであるが、このところ地元の事情通が「抜群だ」と声を揃えるお店である。

この連載は、例えば大阪なら松葉家のきつねうどんなど、安くてうまいメニューやアイテムにこそその土地その街の食の魅力や特徴が現れているという主旨で、毎回、東京・京都・大阪・神戸のうちの2都市のお店と食べ物すなわち料理が登場する。

今回の神戸の店は「双平」さんで、ご紹介するメニューは「ミンチカツ」だ。ご主人は船舶エンジンの製造をされてた方だが、昔食べた「三ッ輪屋精肉」のミンチカツを再現しようと50歳を過ぎて店を開店した。

兵庫区にあったその店のミンチカツは、なんでも明治34年、東京のとある洋食店で習った「メンチボール」をヒントに、初めて神戸で「ミンチカツ」として出したというものである。「メンチカツ」を間違えて「ミンチカツ」にした、という逸話もある。

双平のご主人は、もう30年以上も前の若い頃、その「三ッ輪屋」でアルバイトをしていたときに「ミンチカツ」を食べて、「世の中にこんな旨いものがあったんや」と驚いたそうだ。

50代になって、子供さんを交通事故で失い、悲しみの鬱の底にあった。その気晴らしとして医者からゴルフを進められるのだが、ティーショットを打っていて、「あっ」とふと若かりしその記憶を思い出し「オレは何をしているのか。こんなことをしている場合じゃない」と、お店を始めたそうだ。

遠い射程のクリアな地平は、何の前触れもなくいきなりやってくる。

そしてこういう類の食べ物の話は、とても美味しい。

柿木央久さんと久坂部羊さん。

  • 2007-11-24 (土)

22日(木)、夕方からラジオ関西のスタジオでラジオデイズ「ラジオの街で逢いましょう」(火曜日夜12時半)の収録。

12月、1月分の放送分で、大阪・ミナミ「くいだおれ」創業者のお孫さんである柿木央久さんと、作家・医師の久坂部羊さんがゲスト。

柿木さんは、大阪ーミナミー道頓堀の象徴「くいだおれ」 創始者の山田六郎さんの一代記『ばかたれ しっかりせ』を上梓されている。

なんといっても、江戸時代から芝居小屋が並んでいた道頓堀に、あの「くいだおれ人形」を誕生させ、そしてそれが日本中に知られていく過程の話が面白い。

「大阪はコンセンサスの街」である。「みんなにわかりやすいこと。みんなに支持されること」、これが大阪人の根底にあるという話。

加えてご自身は音楽批評家、とくに「ボサ・ノヴァ」の研究家であり、東大教養学部で卒論のテーマに選んだ、というユニークな大阪文化人である。ボサ・ノヴァに惹かれていったプロセス、たぐいまれなラテン音楽としてのその魅力、大阪とボサ・ノヴァ的美学・美意識(!)と型破り(?)な文化論を落ち着いた語り口で展開された。 氏のボサ・ノヴァの著作も必読である。

作家であり老人医療たずさわる医師、久坂部羊さん。

「医者は3人殺して初めて一人前」というショッキングなコピーで10万部超えの 『破裂』と、新書『日本人の死に時』のブレイクで注目される久坂部羊さんは、堺市生まれ。

経歴もユニークというか型破り。阪大医学部から外務省に入省し、医務官としてサウジアラビア、オーストリア、パプアニューギニアの大使館に勤務し、その後老人医療に従事され、作家活動に入られた。 

お年寄りにまで欲望肯定主義が徹底される中、「老いと死」「死にゆくことの難しさ」をたっぷり話して頂いた。

「老人医療」「安楽死」そして「医療の闇」。難しく深いテーマである。それを抑制の利いた大変美しい大阪弁で話されるそのセンセーショナルな提言は、日本という現代社会と日本人論に肉薄する。

これは、番組を聞き逃した人にも、アーカイブでも聴けるので、ぜひぜひお聴きいただきたいのである。

「140B劇場」はじまりはじまり

  • 2007-11-20 (火)

このブログとは別に、「140B劇場」が始まる。

バッキー井上の「京都 店特撰」だ。

更新はだいたい10日に一度。

京都の店ならここしかないやろ、ということの物語仕立ての随筆連載だ。

京都ナンバー1の街的人物として、また日本初の酒場ライターとして知られるバッキー氏が、これまでいかに「京都の店」と泣き笑いを共にし、手足をばたつかせ、頭をしびれさせてきたか。店の中に彼の実人生が垣間見えて感動する。

これから劇場シリーズとしてコラムもどんどん増やしていく予定なので、乞うご期待!

このWebデザインも浅草随一の街的人物にして江の畏友、桃知利男氏によるものだ。

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日経Net「日経ワガマガ」インタビュー連載

  • 2007-11-06 (火)

5月にインタビューされた日経Net「日経ワガマガ」のインタビューがやっとアップされる。

ライターは田中明花さん。タイトルは「『街的』ということ」であり、6回にわたって連載される。

「街的~」のサブタイトルが「お好み焼き屋は街の学校だ」だったので、大阪、京都、神戸のお好み焼きについての話がよく出てくる。

それにしても第1回目から

「ある店で「タネに何が入ってます?」と聞いても、「うま味調味料と塩や」みたいな感じ。  

という感じである。なんぼ何でも、「うま味調味料」はないんちゃうか、と思ったりするが、クライアントに対しての考慮か、あるいは新聞表記のコードなのか。

 

 

「ラジオの街で逢いましょう」収録

  • 2007-09-28 (金)

「声」と「語り」のダウンロードサイト「ラジオデイズ」の番組「ラジオの街で逢いましょう」(ラジオ関西毎週火曜日深夜24時半)の収録で、神戸ハーバーランドにあるラジオ関西のスタジオに行く。

今日の収録は、浪曲師の春野恵子さん、そしてファッションモデルでありTVでもおなじみのアンミカさんのお二人である。

春野恵子さんは、東大卒後、「進ぬ!電波少年」の「ケイコ先生」役で一躍タレントとして人気を得るものの、その後、上方浪曲師の二代目春野百合子師に弟子入りし、東京から大阪に移り住んだという「突破者」である。

話は浪曲にいかにはまってゆき、春野百合子師の楽屋に押しかけて弟子入り志願する。

「なかなか食えるもんではないし、やめときなさい」と百合子師は言うが、「浪曲が出来なかったら、わたしはどうして生きていけばいいのですか」と浪花節さながらのやりとり。

よし分かった、それではと「声調べ」の後、入門する話。 その根底には「日々修業をしてそれが実力となってゆく世界」への希求がある。

「一人勝ち」を求める個人主義、プロセスは極力省略して最大の効率を得ようとする経済合理至上主義、グローバリゼーション…そんな時代にあっての彼女の生き方は胸がすく。

また「テレビに映っていないものは存在していない」とするマスメディア的情報化世界から、ナマ身である街場のコミュニケーション的実世界がある浪曲的世界に身を置くことの意味についてのお話は圧巻で、ぜひ放送を聞いてもらいたい。

区民の四分の一が韓国朝鮮人という大阪・生野の在日韓国人コミュニティに生まれ育ち、パリやロンドンでモデルとして活躍し、その後しっかりと大阪に根を下ろしさまざまな才能を発揮しているアンミカさん。

「街に守られているがゆえに人が人を守る」パトリがある生野。

困窮や活躍を我が事のように共有する大阪下町的風土と韓国人気質の融合や、日韓の文化風俗の違いやその裂け目に生きるお話は、喜怒哀楽というものはデジタルに分かれているものではなく、いつも境目なくある。

そういう日常を語る「強い話」だった。

それは「わたしはなぜあなたでなくわたしなのか」「ここはなぜほかならぬここであるか」。

そういう根源的な問いでもある。

国際化、グローバルなどといった耳障りの良い言葉ではなく、リアルな生野の街そのもの「話」と「語り」で表現するアンミカさんの街的な感覚が、わたしは大好きだ。

放送がとても楽しみである

いよいよ本番、岸和田だんじり祭。

  • 2007-09-13 (木)

12日朝刊の朝日新聞の大阪版に「岸和田だんじり讀本」の紹介記事が出た。画像は一昨年上梓した「だんじり若頭日記」の装丁をしてくれた六覚千手さんのブログを拝借させていただいているが、主著者であり幼なじみの泉田くんの話はとても面白い。

今日、テレビ大阪の「ニュースBIZ」で「岸和田だんじり祭、伝統守る地元の本づくり」とのタイトルで特集放映された。

その後、版元のブレーンセンターから、メールが入って

読売テレビ 情報ライブ ミヤネ屋 (祭後に放送予定だが、詳細日未定)
毎日放送  せやねん 今週の気になるお金 (9月15日放送)

でも紹介していただけるらしい 。ありがとうございます。

そしていよいよ岸和田だんじり祭は、明日試験曳きで15日、16日が本祭である。

 

 

 

怒濤の電波ウイーク、終了。

  • 2007-09-11 (火)
岸和田だんじり祭が近づくとともに、電波メディア関係の出演オッファーが増えてくる。

NHKラジオ第1放送「かんさい土曜ほっとタイム」1日午後1時生放送。
MBSラジオ「ラジオの達人」3日深夜1時30分生放送。
KTVスパーニュースアンカー 4日午後4時55分生放送。
NHK「関西クローズアップ」7日午後7時30分(再放送8日、10日)。

上記のすべてだんじり祭からみの放送出演(ニュースアンカーは別)が終わり、いよいよ祭本番突入だ。

とくに「ラジオの達人」では、1時間の予定だったが、増井孝子さんとあまりに話が盛り上がりすぎて、1時間半しゃべりまくりだった。

NHKの「関西クローズアップ」は、「だんじりで町をひとつに ~岸和田市・南上町の挑戦~」 
毎年9月中旬に行われる大阪・岸和田のだんじり祭。300年の伝統を誇る豪壮な祭りに新興住宅地である南上町が初参加する。祭りへの新規参入は53年ぶりの快挙である。「だんじり」は、各世代ごとに持ち場と役割が決まっており、数百人が一体となって自在に操る姿は、町の結束の象徴でもある。今月2日の「試験曳き」では、その成果が試された。
の解説だったが、むっちゃ緊張した。
さすがにNHKなのか反響ありまくりで、岸和田に寄り合いで帰っていると、みなに「おお、出てたのお」から「ネクタイぐらいして出らんかい」「岸和田弁丸出しやないか」「見てられへん。思わず、スイッチ切った」。挙げ句の果ては「ギャラ200万円ぐらいもろたやろ」と、わやくちゃである。
こういうことがあるから、出演予定はあまりオープンにしたくないと思うのである。

在阪、東京の局より「だんじり祭の解説、ゲストで」というオッファーが依然としてあるが、祭当日は、祭をやっているので抜けられません。どうかご容赦を。



だんじり讀本。たちまち重版

  • 2007-09-04 (火)

岸和田だんじり讀本が、たちまち2刷。

3000部!という大増刷です。

だんじりガイドブックではなく、このような、専門的でエキスパートな(おたっきーとも云われている)内容のだんじり本が、広く受け入れられ読まれていることに、ここに叩頭して感謝いたします

特に、南海岸和田駅周辺の地元で、物すごい数の追加発注がありました。

あらためて岸和田旧市のみなさまの並々ならぬ、我が町のだんじりに対しての興味と愛情を感じ、自分もその一人として誇りに思う次第です。

みなさんどうもありがとうございます。

よりいっそうだんじり研究に精進する次第であります。 

 

店のローカル性。

  • 2007-09-03 (月)

スターバックス的なるものについて考えている。

140Bの隣の隣のビルの1階にスターバックスが入っている。

隣のビルにはタリーズ(シアトルズベストだったかも)である。

現在のカフェ・チェーン店を見ると、ドトール、サンマルクなどのスタンダードな「大チェーン店系」のほか、スターバックス、タリーズなどの「シアトル系」、セガフレード、イリーなどの「イタリア系」といったカテゴリーがあるように思う。 

それは、あらかじめ確立された「ブランド」をもとに、同一のノウハウ、同じメニュー、規格化された食材、同じ内装、同じサービス…という、マニュアルチェーン店システムに則ったカフェである。

全国・世界中どこにでも展開していくその方法論は、いうなれば経済合理性あるいはグローバリゼーションに基づいており、そのために利用者つまり「街の 人」は、戦略的なマーケティングの対象となり、「消費者」としてターゲット化される。

そういった店側の経済軸のベクトルが固有の気配や匂いのない店をつくり、街 を均一にしてきた。

スターバックスは会社でもなく家でもない「サードプレイス」だそうだ。

その第3の場所というのは、たぶん街場のいきつけの喫茶店や酒場、ヨーロッパ的に言うとカフェやバールみたいなとこだと思う。

講談社現代新書で書いた「「街的」ということ」は副題に「お好み焼き屋は街の学校だ」というタイトルを付けていたが、まさしくサードプレイスは、大阪や京都、神戸の下町といった旧い街ではお好み焼き屋ではないかということだった。

そこでは街の景色が変わるごとにお好み焼きが変わる。具やソースや瓶に入った飲み物も変わるし、その店固有の店風景やコミュニケーションがある。

サードプレイス、すなわち世界のどこででも「自分のカスタマイズ」の店はどうだろう。

そこではカウンターに並び「ダブルショットで」とか「エキストラホイップ」と注文し、いろんな砂糖やミルクやシナモンとかが入った瓶が置いてあるカウンター(コンディメントバーという)で、好きなだけそれらを加えることが出来る。

それはそれでいいが、なにがおもろいのだと思ってしまう。そんなのは家でやればいいのだとも思う。

お好み焼き屋では、青海苔やカツオは勝手にかけるしソースの濃淡は好みで変えられるが、カスタマイズといったものと意味が違う。

その都市や街にとっての「かけがえのない場所」。それは、会社・家庭の間にあるサードプレースというようなものではない。街には、その人にとって第1も第2も曖昧で、それこそ第10まで持っている幸せな人がいる。

街のコミュニケーションの拠点としての店は、ある属性を有する人々が高い機能性を求めて集まる場所ではない。

その街の多様な生活者、そこを行き交う人々、また旅行者のプラットホームとして機能するからこそ店なのだ。

そういう場所が、今的に云う「カフェ」に近いのだと思うのだけれど、 それはカスタマイズやスマイル0円のことではない。

その街特有の匂いや色や温度がないと、その手のパブリックな店は店ではない。

毎日新聞「ひと」欄のうちだせんせい

  • 2007-09-01 (土)

小林秀雄賞のインタビューがいち早く毎日新聞の朝刊に載った。

受賞が決まったのは、おとつい30日の夕刻だったが、ありがたいことにある新聞の東京本社文化部のTさんから速報メールがあったので、いろんな方に報告した。

その中の一人が毎日新聞東京本社のI編集局長だった。

I局長と内田せんせは偶然、日比谷高校の同級生で、東大も同じだったそうだ。

Iさんが大阪本社の編集局長をされてたときに、一緒に居酒屋で飲んでいてそのことを知って、内田先生に速攻ケータイでつないだのだが「誰だっけ。オレ、あんまし学校行ってないから、覚えてないよ。がっはは」とのことだった。

Iさんは受賞の話をまだご存じなくて「ありがとう。文化部に言うわ」とのことで、それから約1時間後に「あすのニュース記事とあさっての「ひと」欄 、書くからね」とコールバック。

小気味いい対応であり、うれしくなってくる。

新聞社の幹部にはほんまにいろんな人がいるが、オレはIさんの新聞人、メディア人としてのこういうコミュニケーションの感覚が大好きである。

だから毎日新聞を取っている。 

昨日、またケータイが鳴って、「明日の「ひと欄」の記事、よく書けてる。 写真もいい表情だよ。それじゃね、ありがとね」と江戸っ子弁が聞こえた。

早速、「ひと」欄を見る。

内田せんせはほんとにいい写真で出ていた。

しかしこの表情は、どっかで見たことがある。 

そうそう。これは麻雀の時に、リー即でツモったときの内田せんせの顔やんけ、まったく。 

 

だんじり讀本、出まくり。

  • 2007-09-01 (土)

NHKラジオ第1放送の月1レギュラーの「土曜かんさいほっとタイム」で、今年のだんじり祭のことを15分間、生でびっしりしゃべってきた。

佐藤誠エクゼクティブアナウンサーと海原さおりさんが、うまく「だんじり讀本」のことを聞いてくれる。
この放送は全国放送である。

この季節になると、岸和田だんじり祭の話題がメディアを賑わせる。

メディアではとかく荒っぽい祭だということが喧伝され、遣り回しの失敗で民家に激突して派手に壊したり、電柱をへし折るシーンとかが放映されたりするが、地元ではそういう風に見られることはあまり好んではいない。

そういうことではなく、日本建築の粋としてのだんじり本体や彫刻の見事さなどを、今回は「だんじり讀本」から抽出してそれを集中して採り上げていただいているのがうれしい。

今後のだんじり祭と「だんじり讀本」のメディア露出。

9/3 MBS「ラジオの達人」 生放送 深夜1時~ ゲスト出演1時間

9/4頃 テレビ大阪「ニュースBIZ」夕方5時13分~

9/4・5 夕刊フジ記事「リポートF」6段ヌキ×2回 「史上初岸和田だんじり本 曳き手が明かすもう一つの祭」署名原稿

9/4頃 朝日新聞記事

9/5  朝日新聞フリーペーパー泉州版「あさひゆめほっと」4段ヌキ

9/7 NHKテレビ「関西クローズアップ」 ゲスト出演(予定)取材になるかも

9/10日頃 毎日新聞記事

が主なところだが、多すぎて何が何だかわからない。

 

内田樹先生、小林秀雄賞。

  • 2007-08-30 (木)

ご報告いたします。

内田樹先生が第6回小林秀雄賞を受賞されました。

作品は文春の 「私家版・ユダヤ文化論」です。

内田樹先生は弊社140Bの参与でもあります。

心よりお喜びを申し上げます。

編集集団140B一同 

 

 

 

それは、街とちゃうやろ。

  • 2007-08-29 (水)

「ミーツ」の9月1日売りの見本刷りを読んだ某大手広告代理店の友人から電話があった。

「おお、江ちゃん。まだ仕事か? 今度のコラム、ええこと書いたあるなあ」

「なんやそれ。オマエ、今どこや?」

といった具合であるが、数少ない大学生時代からの広告・出版・マスコミ関係の彼からの電話は、いつも直裁である。

仕事帰りに会社の近所の肥後橋の洋風立ち呑み屋で、一人で飲んでるらしい。

連載「江弘毅の街語り」はすでに19回目だが、このところ内容がこなれまくりで評判が大きく左右される。

むっちゃおもろい、というのと、これはあかんやろ、という両極端である。

前回の和歌山弁の話は「むちゃおもろい」で、前々回のバイクで捕まった話は「これはあかんやろ」だった。

今回の話は、テーマパーク的な「まち」と正味の「街」のことで、神戸のモザイクはデベロッパーつまり「都市開発」とか「まちづくり」関係者のあいだでは、数少ない成功した「まち」の代表例だそうだが、自転車が通れないのでオレは「街」ではないと思う。

みたいなところから始まり、 このところテーマパークみたいになったといわれる先斗町は、まだ自転車が通っているから「街」である。

しかし、なんで彼らは「まち」で、オレらは「街」と書くのか、みたいな相変わらず訳がわかったようでわからないところもある。

「ここ、抜群や」とちょっと一杯加減の友達が、わざわざその箇所をケータイから朗読してくれた。

友人は大阪生野区生まれである。

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神戸のラーメン。

  • 2007-08-27 (月)

『料理通信』誌の連載「安くて旨くて、何が悪い!」の連載で神戸元町高架下の「淡水軒」に取材撮影に行く。

この連載企画は、例えば大阪のうどんなど、日常の旨いものにこそ、その都市その街の個性や手触りや気質=テロワール性といったものが現れているのでは、ということを書いていこうというもの。

東京、大阪、神戸そして京都の4都市が月替わりで2本掲載されている。

次回は神戸ということで「淡水軒」のワンタン麺などを取材。

講談社現代新書『「街的」ということ』でも書いたが、神戸はラーメンのガイドブックや情報誌の「炎のラーメン」みたいな特集に載るような店はない。
博多系とか札幌、和歌山といった都市の名前で語られるラーメン店の構造はないのである。
なぜなら、中華料理店の湯麺やチャーシュー麺が、戦前よりあってすこぶるうまいからで、それらは「どこそこのローメン」「○×の汁ビーフン」という風によばれていて、店ごとの名物がある。
そこをわからないと神戸という街がわからない。
淡水軒 それにしてもラーメン500円で、ワンタン麺は600円である。ラーメンにそのまんまワンタン4つがプラスされているのだから、ワンタン1つあたり25円。

これは昔、ラーメンが300円だった時代にワンタン麺が400円だったことから、値段が徐々にスライドして現在の価格になった。 

「メニューのミスです」と2代目は語るが、この店の歴史やスタンスが垣間見えておもしろい。

春野恵子さんという人。

  • 2007-08-25 (土)

ラジオデイズ「ラジオの街で逢いましょう」ラジオ関西JOCR 558HZ毎週火曜日 深夜24時半~1時)の次回収録で春野恵子さんにお会いすることになった。

「進ぬ!電波少年」のケイコ先生だった東大出の才女で人気タレント(アイドル)だったが、廃業して上方浪曲師に転身。

大御所の春野百合子の公演中に押しかけて入門したとのこと。

「上方芸能」誌の9月号を読んでいると堺在住とのことで「大和川を越えるとほっとします」という発言を発見。

そうか、それなら、いっそ岸和田だんじりの世界を見せたろか、などと思う。

そう言えば師匠の春野百合子は、岸和田に住んでいたあるいは岸和田の映画館か劇場関係の家だったとどこかで読んだことがある。

面白い人が泉州に住むようになった。

 

そしてだんじりの遣り回しみたいなことを言っている。

 

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岸和田だんじり、大川隆法を押さえる

  • 2007-08-20 (月)

大手取り次ぎの「大阪屋」さんの週間売れ筋ランキング人文部門で「だんじり讀本」が、な、な、なんと3位。

いきなりランク圏外からの ベスト10入りで、4位の大川隆法「ティータイム」は前回5位。

下は旭屋書店なんばCITY店にて。 

旭屋

大阪キタ・堂島でも、だんじり。

  • 2007-08-16 (木)

盆明けの16日、とても暑い日。

猛暑を避けたサラリーマンたちでごった返す、大阪キタは堂島地下センター。

そのちょうど真ん中あたりの旭屋書店堂島店。

おお、岸和田のだんじりや!

旭屋堂島 旭屋2

店頭メインの一番面陳新刊コーナー。

横は宮部みゆき、奥は東野圭吾 。しかしながら派手極まりない装丁である。

 

だんじり讀本うちあげ、岸和田「喜平」にて。

  • 2007-08-12 (日)

8月11日、正午過ぎ。

岸和田は快晴。夏の日差しがとりわけ強い。

岸和田だんじり讀本の打ち上げというか、一度編集・制作に関わった面々で集まろうということで、岸和田駅の割烹「喜平」(「喜」は実際は七が3つである)でハモ鍋昼宴会。

出席は著者・泉田祐志、萬屋誠司両氏。画・装丁者の藪内博くん 。巻頭写真他を提供していただいた正木茂男さん、校閲をしていただいた元日刊スポーツ記者の中田祐子さん、山手の緞子持ちの尾添雄介くん。

だんじり履歴などの表作成や写真で大いに活躍してくれた井口和彰くん。色校にも関わらず朱書きを入れまくってくれた中之濱町の「やすいくん」こと山本也寸志くん、同じく校正に言いたい放題五月蠅い五軒屋町の西出孝之くんとその弟のナイスな梃子持ち浩之くん。岸和田での編集作業中にサンドイッチなど、いつも差し入れをしてくれた萬屋くんの奥さん。

以上が編集関係者ですべて岸和田の人間である。

そして図書印刷の二村さん、比嘉さん。 それから、版元ブレーンセンター社長の稲田紀男さんは、わざわざ金一封の祝儀を持って岸和田までおいで頂いた。

そのハモ鍋を前に、テレビ大阪のニュース番組の取材を受ける。ほぼ全員カメラが回り、岸和田のだんじりの魅力と何がわれわれを魅了するのかをそれぞれの立場、見地、経験など、様々な角度から熱っぽくかつ冷静に語る。

たぶんテレビの放送は長くて2分程度なので、その内容が伝わるのかどうか、少し心許ないが、横で聞いていて「そうそう、そういうことなんです」連発の江 弘毅であった。 

テレビ大阪 だんじり読本取材

上の写真は、五軒屋町の若頭・西出くんと中之濱町の若頭・山本くんに、北岸ディレクターがインタビューの図である。

この後、テレビクルーたちは岸和田駅前にある木下書店に取材。この書店は、だんじり関連の書籍に定評の老舗書店であり、木下社長によると「昨日だけで30以上出た。追加入れんとあかんな」とのことであった。 

一同、まぶしい昼下がりの中、解散。 

夜になって、岸和田市荒木町のだんじり関連書籍&ビデオショップWINの田H社長から電話あり。100冊入れたのだが、もう無くなりそうで、盆休みの事もあって至急追加注文したいとのことで、早速ブレーンセンターの担当・河村さんに携帯を入れる。

地元岸和田では、おおむね絶好調のようだ。そしてそれが何よりも一番うれしいことなのである。 

だんじり讀本、いきなり好調

  • 2007-08-10 (金)
だんじり讀本発売日。
地元岸和田のK書店に電話。
「もう10冊超えた」とのこと。
アマゾンを見ると、なぜか「ただいま予約受付中」となっている。
ところが!!!
Amazon.co.jpランキング:本で884位
である。

あしたはテレビ大阪「ニュースビズ」の取材。
打ち上げを岸和田でやるのだが、わたしや泉田、萬屋の著者両氏、画・装丁の籔内氏、それに写真提供やいろんな協力者の面々が一杯やってるところにインタビューにいらしゃるとのこと。
だんじりの話は岸和田弁でしか出来ないので、視聴者はレアな生岸和田弁が聞ける良いチャンスである。
毎日新聞社の編集委員M井さんから電話があり、生年月日の確認。
泉田、萬屋両氏が岸和田ですでに取材を受けていて、紹介していただけるとのこと。


岸和田だんじり讀本出来

  • 2007-08-08 (水)
「岸和田だんじり讀本」の見本誌が、岸和田方面およびメディア関係に発送されたようである。
岸和田祭の氏神である岸城神社宮司の坂井さんからは、早速お電話いただき「10冊ほしいのだが」とのうれしいオッファー。これはまことに畏れ多しである。
またメディア関係は「夕刊フジ」紙から、書籍紹介および今年のだんじり祭についての原稿依頼。
テレビ大阪の取材も明日予定されている。
書籍自体は10日発売なのだが、版元のHPではすでにこの通りである。


だんじり讀本発売は10日

  • 2007-08-06 (月)
「だんじり讀本」(ブレーンセンター刊)の発売日は8月10日。
今日は、版元ブレーンセンターの川村さんと、大阪難波方面の書店をまわって直接、受注をいただいてきた。

貝塚市や泉南市に書店を持つ「オー・エンタテイメント」の代表取締役専務営業本部長の大桑さま、ジュンク堂書店難波店の松岡さま、波屋書房ご主人の芝本さま。
お忙しいところ、この「だんじり讀本」と岸和田だんじりの話にお付き合いいただき、また多数の注文もいただき、ありがとうございました。

ジュンク堂難波店の松岡さんは、一昨年上梓した「だんじり若頭日記」の版元さんの晶文社の目春さんとも懇意にされているとのことで、その話になりとてもうれしかったです。

この「だんじり讀本」は本当に、普段の編集や書き仕事とは違うプロセスの単行本で、こうして岸和田以外の書店にも多数並べていただけるのは、そのうれしさも一入なのである。

ついに校了!

  • 2007-07-25 (水)

ついに校了!!!

A5版、344ページ。

発売日など詳細は追ってお伝えします。

取り急ぎご報告まで。 

「大阪ええもん」

  • 2007-07-23 (月)

旭屋 旭屋書店堂島地下街店にて。

「世界レベルの大阪ええもん」が大好評のようだ。

いつも前を通る大阪市北区の旭屋書店ドーチカ店さんでは、手描きPOP2枚に「ダイタマヨコワケ」「かしこまりました」(インデアンカレーショップ)の誌面ページの付きの押し出し。

それにしても、表紙がなんだか和菓子屋さんの包装紙のようで、書店にこうして面陳されてずらり並ぶと、そりゃ目立つわな、なのであった。

おかげさまで売れてます。

まだ手に取られていない方もぜひぜひ。

よろしくです。 

だんじり讀本色校

  • 2007-07-10 (火)

だんじり 土日と岸和田で校正中。

メインの書き手である、泉田祐志さんの法被、役名襷といった祭装束、祭江戸文字の作成…あらゆるだんじり関連用品を扱う「祐風堂」にて、色校正に当たる 。

この344ページの書籍の書き手は、だんじり研究家として岸和田でその名を知られる泉田祐志氏 (中央)と岸和田だんじり会館に長く勤務していた萬屋誠司氏(右から2人目)そしてわたしである(足だけ写ってます)が、こういう時には、「助」として駆けつけてくれるのである。

8日、日曜の朝、午前3時 。

誠にだんじりな面々。

町名を披露しよう。左から中之濱町、別所町、筋海町、大工町、五軒屋町。

後に少し見える、額にはいったモノクロ写真は、昭和8年筋海町新調時の写真である。 

正真正銘の岸和田旧市だんじりエキスパートのみなさまであった。

おかげさんで、こんなに朱が入った色校は、編集人生20余年、初めてである。

 

おっさんにもできる

  • 2007-07-05 (木)

k140 ブログファイアーフォックス

 

これは便利

  • 2007-07-05 (木)

だんじり 今日の収穫

コレは感激 

  • 2007-07-05 (木)

中の浜町 今日起きてから

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