食べ物に、店にリーズナブルなんかあるかいなー街場の店を消費することはできない。

おお、浅草の桃知よ。素早い執筆。まさに、
解釈(アンテルプレレタシオン)は貸借(アンテルプレ)を満たすために快速(ブレスト)でなければなりません。(ジャック・ラカン『テレヴィジョン』P114)
ですね。これは以前、貴君に教えてもらったラカンのフレーズでしたが、これを読んだとき「さすがラカン。世の中、こんなかっこいいことを言うオッサンいたんや」と思いました。韻をふんだ言い回しも実にかっこいいですね。たまたまこのたび、阪大の総長になられた(文系から初めての学長!)鷲田清一先生と飲む機会があって、うれしがってさっそく「ラカンですわ」と伝えたら、「おお、江くんすごいな。それ何の本にあるんや」と京都弁で言われ、「よーし、次もいったれ」と今をときめく内田樹先生にもご自宅の麻雀の席で諳んじたら、「そりゃ多分、『セミネール』じゃないの」と江戸っ子弁で言われました。
そうか、さすがのおふた方は知らんのやわ、とオレはやに下がり「へへ、『テレヴィジョン』ですわ」と、自分が教えてもらったばかりのフレーズが日本を代表する両哲学者(現代思想家か)を感心させたことに、さも自分がエラいかのように吹聴したのでした。自分が書いたものではないのですが(笑)。
このあとの
「純粋欠損によって永続するものから、最悪の父によってしか賭けることのないものに向けて」
というフレーズは、一体何のことをいってるのかはわかりませんが、これもとにかくかっこいいことだけは分かる。
いつも等価交換ではあかん
さて、〈贈与〉と違って〈交換〉というのは貸借ナシですね。つまり、無時間モデルですね。だからそういう〈交換の原理〉にどっぷり浸った奴らは、「いま、ここ」で最大のリターンを得ようとする。こういういうのは、こちらでは「百年早いわい」と言われます。まことにさもしい。しかしミシュラン東京版に群がる人はこれを求めますね。そして「いま、ここ」で「1万円」出して、それ相応のものが食えないと、ぶちくさ文句を抜かす人のことを「消費者」といいます。街で「食べる、飲む」ことについては、子どもですね。だからどこでも同じメニューで、加えて「スマイル0円」とメニューに書いてあるマクドナルドを「リーズナブルだ」と思う。
マクドナルドは「安い」。それで良いのだと思うのです。
〈食〉にリーズナブルを求めてしまうのはあきませんね。地元・大阪下町のうどんや鮨、お好み焼きがほんまに旨いと思うのは、オープンキッチンやカウンターを挟んで、出す方の「これでどや」、食べる方の「よっしゃ」のコミュニケーションそのもので、そのコミュニケーションとは「交換」の原理じゃないということです。じゃんけんのように、同時に「せーの」で双方から何かが出され、それで優劣や強弱、勝った負けたを計るものではない。必ず時間的な線形にやりとりがずれる。
街は顔と顔に担保された、「紹介」の世界ですね。いきなり鮨屋やスナックでもいい、一見でそんな店に入って「メニューはありませんか?」と訊くのは許されないし、初めて行った鮨屋であれこれ食べて、おあいそして「3万円です」と言われて「赤貝1カンはいくらで、鉄火巻き1本はいくらか」と問い直すことは出来ない。「はい、そうですか」と黙って払うしかない。「違ったか」と思えば、次に行かないことでしか対応できない。この「違った」という感覚は、イコール「高い」というふうにおおよそ値段で計ることが多いのだけれど、実は店の扉を開けて入る前からおおよそ決まっている。
そこの店にはそこの言語体系みたいなものがあり、初めは全然分からないのだけれど、子どもが言葉を覚えるようにしてその店の「世界」につながってくる。言葉は大人になってから、その意味がようやく分かるものもあるし、全然分からないものもある。だからフランス料理屋に行くように、ミシュランを見て鮨屋に行っても旨いわけがない。というふうに思うのです。
これは岸和田だんじり祭と同様で、若衆の時は何で若頭や世話人から怒られたり、上の者から殴られたりするのかが分からない。「こら、おまえら分かってんか」といわれたら「はい、すいません」と答えるしかない。いきなりドッヂボールしかやってなかった子どもが「いっぺん、やってみい」とサッカーのピッチに立たされて、手でボールをキャッチして反則を取られる。
つまり、いつも「わたしは、あらかじめ遅れて来た人」なのだと思えるのかどうかが、店でうまいものにありつけるかどうかが決まってくる、と思うのです。それはガイドブックに載っているメニューの情報や、銘柄・ブランドなどの記号で計量化することではない。
それはうまいものを求めてガイドブックを見、あちこち食べ歩いてたら結局ロクなもんは食えない、ということなのですが、そこには「時間」という考えがない。インターネットを見てクリックして、そこで最大経済効果を得るという無時間モデルではない。「いま、ここ」で情報を摂取し、記号を読み説いて、十二分に「享受」することは出来ないのだと思います。
それは貴君がいう
窓も戸口もないモナドとしての〈私〉が、〈世界〉とつながる通路です。なのにそれがない。
ということですが「いま、ここ」は、「わたしはなぜここにいるのか」「なぜわたしは一人しかいないのか」というモナドの問いであり、だからこそ「いま、ここ」においては、わたしの〈地元〉があって初めて「〈世界〉とつながることが出来る」のだと思います。

2007年12月06日 22:25
コメント
江さん
ごぶさたしております。
今回のエントリーはとても興味深く拝読しました。
◆
東京は誰にとっての「地元」でもありませんよね。
それぞれの地元から出てきた人たちの共有地です。
ミシュランは考えようによっては共有地の
品定めをしているのかもしれません。
ここでいう東京、はカッコ付きです。
上野や浅草は誰かの地元たりえます。
だからミシュランはガイドしていない。
意外にもミシュランの編集者は、
「お好み焼きとコーヒーは地元が一番旨い」を
知っているのかもしれないなと考えることが
あります。
◆
お好み焼きとかコーヒーは関西ローカルな比喩
であることをふまえると、
街場が存在するかどうかは、銭湯のある街か
どうかがその目安になる気がします。
昨日銭湯に行って、大きな風呂につかって
のんびり温まったあと、洗い場に行きました。
僕が座った席の鏡付近には、溶けかけた小さな石けんが
忘れてありました。
シャワーをつけ、髪をごしごし洗っていると、
「誰やほんまー、わしの席に座っとるんは!」
という怒鳴り声が聞こえました。
ふと顔を上げると白髪のおじいさんがこちらを
見ています。
その石けんは忘れ物ではなく、おじいさんの
場所取りだったんです。
普段あまり行かない銭湯だったので、
こんなときは平謝りしてどくしかありません。
「ちょっと待っててください、今終わりますから」とか
「桶ぐらい置いといてくださいよ、わからないじゃ
ないですか」といったマイルールは全く通用しません。
シャンプーの泡が山盛りのまま、おじいさんの目の
届かないところに移動しました。
店もそうですが、銭湯という裸の公共サロンでは、
より「遅れてきた自分」を意識してしまいます。
そういうことに気付かせてくれる場所があるのは
けっこうありがたいことではないかと思います。
◆
マンションの多い街がなぜつまらないかというと、
マンションのある街には町内会も回覧板もないので、
「後から遅れてきた」という意識をほとんど
持つことがないので、「俺の街や」と考えその街を
盛り上げていく人が生まれにくいからだと思います。
もちろんそれが気楽でいいという人もいますが、
そういう人はそれなりのセキュリティ・リスクを
負うことを覚悟するわけで。
大阪でも神戸でも、そして京都でもいま
カウンターで対話できたり調理を眺められる
店がはやってますよね。
カウンターの店のいいところは店の人と話が
できるだけじゃなくて、隣のお客さんと
盛り上がったりできる(し、その可能性がある)
ということですよね。店が場に近づいているというか。
結局、店を楽しむ方法は店を「満足させてくれるもの」と考えるのではなく、場として考えて、
「楽しませてもらうのではなくどのように楽しむのか」
を考えることですよね。
みんなそのあたりのことに気付き始めているのかも
しれません。
◆
結局何が言いたいのかわからなくなってきましたが、
僕が最近あらためて考えているのは
街場の情報を取材したりすることが
いつまで、そしてどのように仕事として
成り立つのかということだったりします。
江さんはだんだんと1つの店を書くと言うよりも
文化論的、作家的な活動にシフトしていますが、
やはり値段のつく情報というのは
そういうものになってきているのですかねぇ??
京都でも情報誌が悲惨な状況で、某女性誌は
まったく売れてないのに「激売れ」とかウソ八百の
POP作ってて欺瞞を感じます。
雑誌コーナーに行っても立ち読み以上の価値が
伝わるものがありません。
◆
ミシュランの話は関西人がするといつの間にか
東京批判・資本主義批判→成金批判?みたいになってしまって
落としどころがなくなる気がします
(じゃあフジタお前はポルシェが目の前にあったら
乗ってみたないんかと言われたらいっぺんくらい乗ってみたいですし。
アランデュカスやロブションのレストランでメシ
食いたないんかと言われたらやっぱりそんなとこで
デートしてみたいとか思いますしね。僕も庶民ですから・・・へへ)
それよりも、消費を加速させる「情報」そのものの
あり方、価値の動向にフォーカスしていってもらえると
明日からの仕事にも精が出ます。
投稿者 ふじた : 2007年12月10日 23:47
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