その2 達者な奴が京都に来た時、一緒に行く割烹。「割烹 橙」

たまらぬ店は自分自身を錯覚させてくれる。

行く店を決める時、その店の料理や酒がうまいかどうかなどあまり考えたことがない。おいしくなかった店や楽しくなかった店は自然と記憶に残らないから頭の中の店リストには「うまかった店」か「楽しかった店」ばかりなのでおいしいかどうかなど考える必要がない。

そんなことよりも今日はどんなことでどんな風になるのがシアワセなのかを直感的に考えている。店と料理と空気を想像して行く店を決める。それにはもちろん季節も天気も時刻も財布もすべて織り込み済みだけれど、いつもその想像よりも遙かにゴキゲンなことになる。

それはなぜか。それは店の空気によって自分や一緒に行ったメンバーが変身するからだ。街の店はそれぞれの店ごとに良くも悪くも様々な錯覚を与えてくれるので行く店によって自分が勝手に変わってしまうというか変身してしまう。

時として仕事も変わるし年齢も変わる、人柄も変わるし顔も変わる。嘘をつくのではない。そんな気になっている自分がいるだけだ。変わって悪いか。悪くない。チョットええ話をきいているうちにココロの着ている衣装が変わっていくのは当然だし、話し方や手の動きが変わるのも自然なことだ。

達人は力まない。これこそ京都か。

東京や大阪からアクの強い仕事仲間やクセのある遊び仲間が京都に来ると祇園の「一力」の花見小路を挟んだ向かいにある割烹「橙」へ連れて行くことにしている。そうするとクセの強い奴ほど必ずこの店に酔いしれる。

毒をもって毒を制すではないが、「橙」のご主人も独特の強いアクを持たれているので、多少の際どい話はすべて受け入れられ投げ返してくれる。しかもまるで力の入ってない感じがするご主人の料理がまた絶妙に客のココロをジャストミートする。やっぱり肩に力が入ってないスウィングは飛距離も出るし打率も高い。ご主人が作る派手さや無駄な飾りのない洗練された味と素材が引き立った品々で酒を飲むといつも完全にガードは下がる。ガードが下がるとご主人につい話しかけてしまう。

最近の京都のこと祇園のこと、酒、野球、女、昔。何を話しかけても一瞬でご主人に料理されてしまう。ちょいちょいっと軽く話されるその間にまず玄人を感じてしまうし、その内容も玄人的なたまらん話ばかりだ。けれども残念ながらこの店でメシを食ったあとは必ず連れて行った奴もゴキゲンになり、どうしてもその夜は深酒になるのでご主人が話されたことを覚えていた試しがない。

そしてこの店で飲んで食べた夜は、いつもなぜか金持ちというかお金を使わないと損をするような気がしてしまい、普段あまり行かないのにきれいなホステスのいる飲み屋に向かってしまう。もっと遊ばなあかんとここに行けばしみじみ思うのだろう。

ちなみに佐野眞一が満州と里見甫のことを書いた「阿片王」の中にもこの店は登場している。壁には、川端康成氏の色紙が飾られている。昭和42年頃、ノーベル賞を受賞する前の氏が、店の一周年を祝って書いたものである。大卒のご主人という当時珍しかった最高学府を出た料理人を、氏はおもしろがってよく来店していたらしい。

割烹・橙

昔の京都のセンスがある店なのであれだこれだと注文しないで「お造りと焼き物」とかアバウトに注文しよう。かぶら蒸しと季節によっては土瓶蒸しはぜひ頼もう。

予算は二人で2万円から3万円ぐらい。昼は3,000円でランチもある。

京都市東山区花見小路通四条下ル西側
075-561-2380
営業時間:11:30AM→2:00PM 4:00PM→10:00PM
定休日:月

2007年11月17日 17:34

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