その7 バーに必要なものなどないが、あいつを採集できぬ酒場では飲めない。「ピニャコラーダ」

さすがに最近は少なくなったが5年ほど前までは、多くの出版社から俺がよく飲みに行くバーを教えてくれとかそこで飲んでいるところを取材させてくれというのが頻繁にあった。面倒くさいなといつも思ったが断ったことはなぜか一度もない。繁忙期でてんてこ舞いをしている時や連日の飲み過ぎで飲む機会を徹底的に減らしたい時など、「今回だけはお断りせなあかんな」と初めは思っているだが、結局はいつもどこかのバーのカウンターでウイスキーを飲みながら写真を撮られている。そして撮影だけのための一杯の水割りが必ず呼び水となってめくるめくゴキゲンな夜へ俺を誘っていく。

撮影する前にバーのマスターへ取材させてもらうことをお詫びし、撮影が終わってもう一度挨拶をしてから飲み直させてもらう。出版社の人やカメラマンが帰っても大抵俺はそこで飲み続けることになる。必然的にひとり。酒はうまいけど酔うシチュエーション。そうなるようにしむける。ひとりの酒はココロが萎んだり広がったりしてフラフラになるけどやめられぬルーティーン。酒飲みには渡りに船となり、その夜に出た船は酒場で引き込まれるようなフレーズと出くわす可能性が高い。そしてフレーズが恋しいそんな夜になれば必ず行きたくなる店が、モアイと呼ばれる男のいる酒場だ。

何もない、モアイだけがいる。(07年5月頃に書いた)

最早レジェンド的になった「クックアフープ」のカウンターで酒を作っていたモアイと呼ばれる男が裏寺の「しのぶ会館」(1階に「居酒屋たつみ」や「サンチョ」のあるビル)の2階でとうとうバーを始めた。俺は最近特にこの会館に凝っているのでモアイがこの会館でバーを始めたことでとても助かっている。しのぶ会館はオーパの裏のどこかヨコハマたそがれ的な会館。1階には昔のままの肴と小さなテレビで昼から飲ませてくれる「居酒屋たつみ」があり、2階3階にはごきげんなホモバーとスナックが数軒ありこの会館だけで何度夜を完結させたかわからない魅力的な古城のようなビル。アネックスには「百練」もある。

そこでモアイが「ピニャコラーダ」という8席ほどのL字のカウンターだけの小さなバーを開店した。開店の日に行くと看板もなく酒も5本ほどでグラスも8個しかなかったので、俺はそのラテンな考えにとても感激した。

酒場は酒とグラスと人があればそれで条件は満たされる。案の定オープンしてから数日続けていったが8席はいつも満席で8人ほどは立ってダークダックスのように並んで飲んでいた。酒の読みもはずしているのか途中で酒がまったくなくなるという事態が連日起こっていた。さすがに一週間ぐらいしてから行くと酒の本数も10本ぐらいになりグラスも20個ほどになっていた。内装も売りも何もないこの店の有り様はいつの間にか弱くなった俺を学習させてくれる。久しぶりにいい酒場が誕生した。そして俺は尻の手術をする決意を固めつつある。あー。

プールサイドという飲み物。(07年6月頃に書いた)

ほぼ毎晩のように裏寺のモアイ酒場「ピニャコラーダ」で飲んでいると、入れ替わり立ち替わりよくこれだけケッタイな奴が一人で酒を飲みに来るもんやなと思えて仕方がない。特にこの店のこの酒がうまいわけでもなく、モアイの話がおもろいわけでもなく、いい曲がいいサウンドでもなく、オンナがいるわけでもないし、店がお洒落であるはずもない。けれども多くの奴らが当たり前のようにこの店のドアをくぐって入ってくる。見知らぬ奴も多い。小バッキーと呼ばれている奴も来る。ウイスキーを飲む奴が多いが、俺はダークラムの水割りを勝手に「プールサイド」と名付けていつもそればかりを飲んでいる。客は何を欲して飲みに来ているのかとプールサイドを飲みながら時々思う。そしてそれは誰もが酒場で現れては消えるフレーズと出くわしたいためだけに来るのだと思う。

フレーズに助けられて生きてきた。

夜にテレビを見ていたら矢沢永吉が歌っていたのでしばらく見ていたら布袋寅泰も出てきて布袋がギターを弾いて矢沢が歌っている「もうひとりの俺」にチョット感激したのでその日から毎日寝る前にその歌を聴いている。「何の不安もなかったあの頃」とか「失うものなど何ひとつない」とか「心の底に押し込み生きてる」などの矢沢的フレーズに俺は今もやられ続けている。昔からこのコラムで何回も書いてきたけれど「フレーズがあるから生きていられる、フレーズによって助けられている」ということを50歳になろうとしている今も実感している。あー。

卒業写真。

俺はずっと荒井由美の「卒業写真」という歌が好きだったがこの前、木屋町の飲み屋「キャラメルママ」で「卒業写真」をリクエストしてしまい聴いているとその歌の残酷さにグラスの上げ下げスピード増した。「あの頃の生き方をあなたは忘れないでー」そして「あなたは私の青春そのもの」とくる。要するに自分だけは煩悩のままに変わっていくけれど、あんたはいつまでも純朴なままでいなさい、そして私が物欲食欲性欲金銭欲の反動で疲れた時、その純朴さで慰め続けてねという風に聞こえてならなかった。

だいたい、悲しいことがあるとアルバムを開く女は気色悪いし、卒業アルバムがすぐに取り出せるところにある女は俺の射程距離の外にいる。先日、大学を出たての女性に「君の先輩は深海に棲む生き物と似ているな」と言うと彼女が「そうかも知れません、でも深海に棲む生物は自分で発光する力を持っています」と応えた。俺はその日から毎晩、裏寺の「ピニャコラーダ」で飲んでいる。あー。

ピニャコラーダ
四条河原町の交差点から徒歩約1分のところにあるというのもこの店の存在のおかしさだ。ビルの袖看板は今もこの店の前の名の看板が付いている。おそめだったかお初だったか忘れたけれど。本文でも紹介しているけれど特に取り柄があるバーではないがさすがにピニャコラーダはうまい。モヒートも抜群にうまい。取り柄だな完全に。

京都市中京区四条裏寺町上がる中之町 しのぶ会館2階
電話:075-212-5865
定休日:無休

2008年01月14日 18:09

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