その8 「タバーン・シンプソン」がある京都。行く動機はあとづけでよい。

俺は生まれてからずっと京都にいて、毎晩毎晩ずっとこの街で飲み続けている。冷めた目で見ればそれは異常なことかも知れない。冷めた目で見なくてもチョットおかしい暮らし方だ。けれども別に意地になって飲み続けているのではないし酒が好きで好きでたまらないから飲んでいるのでもない。まあ人よりは好きな方だけど酒がないからといって怒ったりわめいたりはしないし、家にいる時はあまり飲まない。

家にあまりいない。なぜかわからないが毎日夕方近くになると必ず街で飲まなければならない用事・理由・動機・流れ・義理・気持などのどれかが必ず俺に迫ってくる。今日は堪忍してくださいといって自分に対して言い訳をしてひとつふたつかわすことが出来ても絶妙なタイミングで「これはチョットいかなあかんな」が現れる。理由はどうあれ毎日毎日、街で飲むのはきつい。

そしてそれくらいにきつい旅をエンドレスで続けている俺が、いつまで経っても後輩もしくは若輩もしくは小僧でいることの出来るバーが京都にはある。

タバーン・シンプソン。ハッキリ言ってこの店がなかったら俺は京都から出て行ってたかも知れない。京都の宝だと思う。

いつまでも後輩でいられる、京都の誇る、京都なタバーン。(03年4月頃に書いた)

街にはいつまでたっても変わらない関係というものがある。たかがしれた金持ちになっても30歳になってから空手でビシビシにケンカが強くなっても思いっきりお洒落になったとしても、街でデビューした頃の関係は十年経とうが二十年経とうがいつまでも続く。

それがホイホイ変わるような街なら街の魅力もたかがしれている。俺が毎日どれだけ酒を飲み倒そうがそこでいう酒飲みにはなれないし、絶妙の緩急をつけた会話をしていたとしても色気ある男として認めてくれない酒場が街にはある。

タバーン・シンプソンには20代前半の頃に何度か左京区系の先輩に何度か連れてもらっていた。その頃はタバーンの意味さえ知らなかったし知ろうともしなかったけれど、あーここはお洒落な先輩達の酒場なんだなと思っていた。それから二十年近く何度も何度もこの店で飲ませてもらっているが俺はずっと後輩のまま、あるいはデビューした時のままだ。

そうなって当たり前のようだがそんな店はほとんどない。店も客もどんどん変わっていくし、その変化を嗅ぎ取り自分も変わる。けれどもタバーン・シンプソンではなにも変わらせてもらえない。仮に店も自分も変化をしていたとしても「先輩が変わってないというならもちろん我々も変わってはいませんよ」と潔く心地よく宣言出来る店だと思う。

親切であたたかい個人プレー的な心地よいサービス、酒も料理も音楽も抜群に気が利いている間違いなく京都の誇る名店。そんな店でずっと後輩のままでいられることがどれだけ貴重なことかをいつもここのカウンターで飲んでいると思う。たくさんおられる先輩達もおそらくこの店のゴキゲンさと神経のバランスの良さを強く感じているからこそ二十年たっても俺が後輩のままで飲める環境が綿々と続いていくのだろう。

瞬間的にいい酒場なら、そんなもんいくらでもある。(02年1月頃に書いた)

小さな声の「いらっしゃいませ」と、遠くを見つめるかのような笑顔と、まさに尺で計ったかのような酒が出てくるホテルのバー。「男の」とか「こだわりの」とか「大人の」などの形容でくくられやすい、飲むことに哲学が必要かのような街場の本格派バー。どちらも非常にパブリックでありプライベートを大切にしてくれる貴重な酒場の様式ではあるが、そこには時代感の共有はない。時代とともに移ろっていくのは自分だけで変わらないことに存在理由があるかのような感じさえある。

タバーン・シンプソンはごく自然に年をとることが出来る酒場だと思う。その瞬間を切り取って「いい店」と評価されることよりもそれは遙かに貴重な店だ。さりげなくスッと近寄ってきて脱ぐ上着をハンガーに掛けてくれるマスターも笑うし怒る。開店した当時は長髪、髭、ベルボトムもしくは不似合いなスーツ姿の客が多かったカウンターも、いつの間にか孫がいそうな年配の人達とアートカウンシルなルックスの30代の男女で埋まってる。カクテルもウイスキーも男前に飲めるし出来の悪い人間としても飲ませてもらえる。マスターがかけるレコードも「あーもうこんな曲を聴いてしもたら今日はどうしたらええんや」なレコードだ。

初めて連れて行く奴や、よその街の奴をタバーン・シンプソンに連れて行くと帰りがけの階段を降りきったときに「お前ええなあ、こんな店あって」とほぼ全員が言うのは、切り取った瞬間だけがいい店のその切なさに気づくのだろうか。

タバーン・シンプソン
いくらでも飲める。食いに行きたくもなる。仲間とチョットいい話をしに行きたくなるのもここ。マスターの元さんの匂い。スタッフのひとりひとりも一騎当千。

京都市中京区河原町通御池下がる一筋目東入る
電話:075-221-2760
営業時間:6:00pm?11:00pm
定休日:木曜休

2008年01月20日 09:14

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