その15 地元の人間が通う、「鮎とハモと豆腐」の一線級の店。「ますだ」「喜幸」「やました」「嘉ねた」

「鮎」も豆腐も京都だけが名産地ではない。「ハモ」は京都ではとれない。「鮎」なら吉野川や四国の四万十川、九州や中国地方でもいい鮎がとれると聞く。豆腐も全国各地の水のおいしいところの豆腐はうまいらしいし、ハモは淡路島をはじめとする瀬戸内海周辺や、韓国のハモもうまいらしい。

けれども俺は、鮎もハモも豆腐も京都で食べるのが断然うまいと思っている。だいたい俺は料理の素材や産地などにはほとんど興味がない。割烹や料理屋で食べている時にご主人や板場さんとの話の中で素材の希少さや産地での生産者の情熱や工夫の仕方に感心したりして酒を飲んでいるが、どちらかというとあまり記憶に残らない。それよりも今日の今夜のこの店でのことに勢力は傾けられている。

確かにその産地や名産と言われるところに行って取れたてのものを食べるのはゴキゲンだとは思う。まずライブ感があるしそれを食いたいために行っていることが多いので出てくるまでが待ち遠しい。でも京都は違う。鮎とハモと豆腐に京都の産直感はない。鮎やハモや豆腐を食べるために京都へ来る人もいるだろうけれど、基本的には京都に来たお楽しみのひとつとしてそれらを食べるものだと思う。

ではなぜ京都で食べるのが断然うまいと思うのか。それはおいしく食べさせてくれる店があるからに他ならない。なんだそんなことかと笑わないで欲しい。当たり前だが同じ京都でも店でまったく違う。春から夏の京都ならどんな割烹や居酒屋でも鮎は食べられるし、ハモも同じで祇園祭の始まるひと月ほど前から晩秋までどこででも食べられる。豆腐なら年中だ。

けれどもおいしさはその店の加減によって極端に変わる。料理という言葉は加減という意味だそうだが、加減のセンスがある店は素材の選び方のバランスもいいし、焼き方や出し方もシンプルで食い意地の張った客のココロをよく知っている。そんな店は空気やざわめきも心地よいし、値段の付け方のセンスも抜群だし、何よりも「今年もあそこのハモをそろそろ食べたいなあ」と思い出させてくれる季節感を持っている。そんな店にかかったら取れた産地がどうのこうのなんてハッキリ言ってどうでもいい話になる。そんなことよりも鮎のあと何を食べさせてもらおか、ハモをもう一人前もらおか、今日は豆腐で何飲もうか、これからどこに行こうかと目はランランと輝いてくる。

俺の好きな店ではどこも、ほぐさずに頭からパクッと食べやすい三寸か四寸ぐらいの鮎が出てくる。京都では美山町の鮎が名高いが、琵琶湖でも十分にうまいし、天然にこしたことはないがそれよりもいつ食べられるかが俺にとっては重要な要素。蓼酢の酢加減も重要だが鮎は蓼酢につけずに食べて、俺は蓼酢をあとで飲む。この食べ方をする人を俺は知らない。ひとり旅。

居酒屋「ますだ」は蓼酢だけでひと品の料理といってもいいだろう。ハモは上木屋町の割烹「やました」で食べさせてもらう焼き霜が絶品。毎年、春になればまだかなまだかなと思っている。錦市場で古くから卸の魚屋だった「かねた」が数年前に開いた店のハモも唸るごちそう。焼きも落としも伝統的だ。豆腐は「喜幸」さん。生の豆腐を醤油でいただいても揚げてもらって生姜と葱でも感激のさざ波くり返す酒の波間よ。大阪から来た食い物にうるさい男がいつも黙る店が京都には確実にある。

ますだ
カウンターに並ぶおばんざいの大鉢。夏は鮎、冬はナマコ、そして感動的なきずし。このきずしを思い出しただけで先斗町に足は確実に向いている。酒は樽に入れられた賀茂鶴。正味何を食べてもおいしい。店の設えや器から漂う風合いが作り物ではないよと囁いてくる。司馬遼太郎氏が通われた名残もある。二人で一万円くらいが目安。
京都市中京区先斗町四条上ル西側
電話:075-221-6816
営業時間:5:00PM→10:00PM
定休日:日曜休

数年前の祇園祭の頃にはこんなことも雑誌に書いていた。

7月21日(水) 特にきずしを思い出したわけではないが、なんとなく先斗町の「ますだ」にいく。熱燗かヒヤか迷った。きずしと茄子と川魚。こんなにシアワセでいいのかと思う瞬間にさかずきを持つのでそのしあわせは流れて消える。けれどもまたしばらくしてシアワセでいいのかと思ってはまた消える。この瞬間のこれはシアワセの保存でもなく上書き保存でもなく、シアワセのさざ波だということに気づく。ハードディスクや紙に記録や保存されたシアワセよりも強い。岩の形も変えるシアワセのさざ波だ。この日「ますだ」のカウンターに後輩が彼女と飲んでいたが会釈だけして話しかけなかった。野球部にも入っているいい男だ。そして俺はほとんどの客がいなくなるまでヒヤを飲み、ご主人とおかみさんと近所の話をして店を出る。その頃の俺は、ただたんに帰れないゼロ戦。煩悩の大ファールばかりを打つ男。誰にも求められない咬ませ犬だったけれど、本人は高倉田宮健二郎になっていたので、木屋町の池部良がいる「ディランセカンド」へ向かった。

数年後の冬にはこんなことも書いていた。「ヘンコなおっさん役」

正月明けに岸和田の編集者が京都に来たので日の暮れから先斗町の「ますだ」に行って熱燗を飲んだ。違和感があった。ふと盃を見て「こいつと長い間飲んでるけど盃で飲んでるのは初めてちゃうか」と思った。たぶんそんな筈はなく何度も盃で飲んでいる。そう思うことが出来なかったのはこの男と飲む時は盃に神経を通わせるヒマもないほどこの男の投げる玉を打ち返さなあかんので二人が盃で飲むはずがないと思ったから、もしくは「この男は盃ではない」と俺の映像作家的な本能が判断したのだろう。たかが盃に振り回される俺は何だと思う時もあるけれど、やっぱりたかが盃のようなものに引き摺り回されている方が酒はシアワセを呼ぶ。熱燗を盃で飲むかコップで飲むかはその店の設えや空気や相手や目的や肴やその場その時のすべてのものが関係してきて決まるしそう思って決める奴は「ヘンコなおっさん」に違いない。では俺は「ヘンコなおっさん」なのか。いつの間に「ヘンコなおっさん」の役を引き受けたのか。店を直しに来た内装屋の職人が100均のメジャーを持っていたので「情けない職人やのー」という俺は確かに今は「ヘンコなおっさん」かも知れんがもともとはジェームス・ボンドのはずだった。しかしゴルゴ13は「ヘンコなおっさん」である。どこに進むか難しいが俺は「男前なヘンコなおっさん」を向いて行くしかない。

喜幸
豆腐はその店の粋さがすべてだ。豆腐を食べるということはその店の繊細な気遣いや料理な気持をいただくのだとこの店を出る時にいつもそう思う。喜幸の豆腐は流行の味の濃い豆腐ではなく昔から京都に根付くあっさりとした艶のあるもの。正味極上だ。看板には湯どうふ喜幸とあるがカウンターで酒を飲み豆腐や川魚をいただく店。豆腐はそのまま醤油だけでも揚げてもらっても抜群。毎日ご主人が川でとってこられている川魚は塩焼きでも唐揚げでも天ぷらでも。観光地の豆腐料理店では味わえない京都がある。
  京都市下京区西木屋町下ル船頭町
  電話:075-351-7856
  営業時間:5:00PM→10:00PM
  定休日:月・火曜休

やました
風情ある上木屋町に御馳走が潜む。御池から二条までの木屋町通の宵の口はたまらない。特に雨の降る日がいい。開店が4時からのやましたは酒と肴にいやしい者の心を知るかのような店。鱧だけではない。梅の頃は琵琶湖のモロコ。春は子鮎。冬は松葉ガニ。鱧の焼き霜はカウンターに炭鉢をのせて板前さんが食べる間をみて丁寧に焼いてくれる。せっかくの炭鉢だから鱧のあとほかの食材も焼いてもらうもいい。ご主人のお顔と板場さんを見ているだけで酒がうまくなる。
  京都市中京区木屋町通二条下ル
  電話:075-255-5445
  営業時間:11:30AM→2:00PM 4:00PM→10:00PM(7月8月のみ5:00PM→11:00PM)
  定休日:月曜休

旬料理 嘉ねた
創業120年以上という錦市場の高級海産物店の5代目が店の奥に開いた店。錦市場の本流の心意気が味わえる。この店は食材にきびしい錦市場の人達からも敬意と親しみを持たれている。店の内装は新しいが昔から玄人筋のお客さんが多い麩屋町辺りで歴史を積んできた空気が肴や酒から滲み出る。昔の京都の家庭の味わいがうれしい。庭も昔からそこにあった庭。酒のラインナップもセンスがいい。ももともと料理屋や割烹に魚や食材を販売されていたので素材も抜群。洒落た小間も二階にはカフェもある。
  京都市中京区錦小路通麩屋町東入ル
  電話:075-221-4301
  営業時間:11:00AM→3:00PM 5:30PM→9:00PM
  定休日:木曜休

2008年03月24日 21:34

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