その17 店先は移ろうけれど、錦市場は変わらない。「さか井」

錦市場の店先で漬物を販売していると、年に一度か二度の感じでこの市場へ来られているような少しご年配のお客さんが、ヌカ漬などの漬物を買ったあとに「錦も変わったなー」と、何やら嘆くニュアンスでよく話をされる。その「変わったなー」の中には「昔はもっと錦市場ならではの独特な風情があった」や「もっと市場らしかった」「しかももっと玄人的で高級だった」ということがおそらくは含まれている。

そう話されるお客さんは、むかし京都にいて現在は東京や他の都市に居を移された方が久しぶりに錦市場に来てそのように感じられたケースと、ずっと京都や京都周辺に住んでいる人が「変わったなー」に加えて「今の錦はあかん」という、もう少し強い嘆きのニュアンスで話されるケースがある。

俺は生まれたのも高倉通の錦小路なので、子供の頃の錦市場の感じや20年前30年前の雰囲気をよく憶えているし、お客さんがそのように言われることはとてもよくわかる。ましてやそれは自分が営む店に大きく影響することなので、錦市場のここ数年の変わり方については気になっていた。そして私自身も古くからのお客さんが言われるように「この変わりようはあかんな」と思っていた。

けれどもよく考えてみると、良くも悪くも錦市場のありようが少しずつ変わってきているということは健全なことだと思うようになった。変わらないでいて欲しいと思っている俺自身の生活パターンも食生活も俺の家の食卓も変わってきているからだ。それを棚に上げて鮮魚を片身で売る店が減ったとか、土が付いたままの野菜が並んでいないなどと言う俺は横着である。

錦市場は変わって欲しくない。
そんなことをやっぱり俺は言えない。

俺は電子レンジが嫌いだ。けれどもどうしても腹が減った時は冷凍庫の物を解凍して食う時もある。レトルトのカレーが無性に食べたい時もある、それでも錦市場だけは変わらないでいて欲しい。つらい戦いだけど頑張ってください。そんなことをやっぱり俺は言えない。もう、わーって感じだ。

また、変わったと評される錦市場だけれど、理事長や市場の多くの商店主や若衆が一丸となって、急激に移ろいゆく流れに対してどうあるべきかリアルにライブに懸命に考えられている。ある時は抵抗し、ある時は流れに準じながら、人を惹きつけ続ける商店街であるために時間も手間も惜しまぬ努力をされている。以前、大手のスーパーが錦市場近くに出店する計画が持ち上がった時に、錦市場の組合が決議して計画されているその土地の真ん中を翌日に買ったというのはよく知られた話だ。

確かに以前の錦市場は玄人(料理屋)向けの鮮魚・塩干・川魚などの魚屋や八百屋、漬物屋、湯葉に豆腐に昆布にだし巻き専門店、乾物屋や金物屋などがびっしりと狭い道幅にひしめきあっていた。今もその8割方の店はあんまり変わっていないのだが、変化している店も少なからずある。

店先で販売している食品を店内で食べてもらえるようにしたり、内装が小綺麗になったり店そのものが変わったりしている。それほど変わってはいないのだが、古い商店街の中なので店の色や質感のトーンが当然違うので何となく印象に残るのだろう。

老舗のバーでも割烹でも少しずつ変わってきているから今もあり続けていて人を惹きつけている。少しばかり形や設えが変わっても顧客本位の部分は変わらない。錦市場が最も重要にすべきところがそこだと思う。あー。もう考えるのやめて「さか井」に行って、少しだけの酒と穴子丼をいただきに行こ。

さか井
錦市場の西の入口を出たところにあるカウンター6席ほどの寿司屋「さか井」に行くと、「あー俺はこの市場で仕事が出来てよかった。この店を知っていてよかった」と、いつも思う。名物の穴子丼を食べに行くも、おかみさんの笑顔を見て昼でも夕方でもついつい酒やビールを注文してしまう。夏はハモをアテにして、冬はカニをアテにして、酒を飲み過ぎてしまう。錦市場は変わってもこの店は変わっていない。いや少しずつ変わっているのかも知れない。こちらが変わってきているのか。けれども昔から通っている店に行けば変わっていない自分を見つけることが出来る。寿司屋「さか井」で少しだけ飲むといつもそんなことばかり思い浮かんでは消える。そのせいか俺の場合は食べることを目的に来たのに穴子丼までたどり着けなくなることが多い。

京都市中京区高倉通錦小路下ル西魚屋町592 
電話:075-231-9240 
営業時間:11:30AM→6:30PM 
定休日:不定休

2008年04月12日 19:06

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