その18 新しい店に入れない。暖簾をくぐれない。それは街場における「イップス」なのか? 「京極スタンド」

四条通から三条通・御池通を経て丸太町通までの、京都のいわゆる田の字区域には新しい店が次々と出来ている。

俺はそのエリアの中で働き、またその中で暮らしているので新しい店が出来ることや出来た店の評判まで勝手に耳に入ってくる。そしてたまにその新しい店に行ってみようとするのだが、入る寸前でいつも躊躇する。そしてその店に入るのをやめて通い慣れた店に行ってしまう。新しい暖簾をくぐることが出来ない街場における「イップス」なのか。

新しい店が良くないと思うわけではない、内容やサービスもその店に入ってないからわからない。けれども入る間際でいつも足が止まる。それがなぜなのかずっと考えていた。

俺のココロのどこかに、店は探すものではないと思っているからだろう。店は縁があり、行きがかりじょうがあり、それで行く店が増えていく。そして縁のあった店が恋しくて、覗いていくだけで金も体も限界だ。

「京極スタンド」には
高校二年の時に入った。

「京極スタンド」は新京極の四条上がるにある。新京極は昭和の初期から大阪万博の頃まで、寄席と映画館がひしめく界隈だった。今もその名残はあるが、松竹座や美松劇場や八千代館などという昔ながらの映画館はシネコンやアパレル系の店に変わり、昭和的匂いが充満していた新京極はかなり装いを変化させた。

その流れの中にあってこの店だけは変わっていない。というかこの「京極スタンド」があることによって新京極は今も昭和の気配を漂わせている。

「京極スタンド」が店を開いたのは、終戦からしばらく経ってからの昭和20年代半ば。以前この店でそんな話をしていたらたまたま隣で飲まれていた老舗の和装小物店の主人が熱燗を飲みながら、「そらモダンな店が出来た言うてその時は評判やったで、なんちゅうてもこの辺はうどん屋やら寿司屋やら小屋みたいなとこばっかりやったのにこの店は石やらコンクリートやらでスカーンとしとったさかいな、みんなめかし込んで来とったもんや、ほんま今で言うお洒落な店やったで」と、ゴキゲンな調子でなぜか証言者になって飲んでられたこともあった。けれど、昭和30年代には粋でモダンな店だったスタンドも、昭和の50年代には何やら時代に逆行するかのような店になっていた。

まさに街の住人達の
スタンドであるかの如き風情。

俺がこの「京極スタンド」という酒場に初めて行ったのは高校二年の12月。30年以上前だ。映画館とオモチャ屋が多かったからかアーケード中にクリスマスの音楽が流れていた。午後3時頃から彼女と新京極で映画を観たあと、大人になった気がして酒飲みのおっさん達しかいないこの店の暖簾を躊躇しながらくぐった。

店を縦に割るように配置された両面掛けの石で作られた長いカウンターには、ソフトやハンチングの帽子をかぶったおっさん達がビッシリ(帽子率は8割以上だった)と並んで酒かビールを飲みながら小さなテレビを見ていた。たぶん大相撲中継だったと思う。

そして酒の匂いが溢れ、なんだか店中が「むおーーーおーー」と唸っているようだった。俺は緊張しながらも生ビールとオムレツと串カツを注文した。それから30年以上、俺はこの「京極スタンド」にずっと通い続けている。

この店に行く動機は、
飲むでも食うでもない。

横着な言い方かも知れないがこの店に通い続ける多くの客は、酒を飲みたいからでも何かを食いたいから通っているのでもないと思う。「チョット、京極のスタンドでも寄ろうか」というのがたぶん動機だ。

確かに酒飲みのココロを知る肴や一品がふんだんにあって、酒の出てきかたや店の風情がさらに酒をうまくさせることもこの店に立ち寄る大きな要因。けれども、昔からずっとこの店に立ち寄り続けている人は、酒のうまさや肴のことなどではなく、ここに来る自分が好きだから通い続けているのだと思う。

飲む時はここにしか行かない人もいるだろうし、時間の合間にしか行かない人もいる、便利だからという人やこの店に何某かのメモリーがある人もいるだろう。もはやこの店は単なる店ではなく、街そのものになっている。

うまいや安いやカッコいいなどということは無用。この京都には「京極スタンド」があり、「京極スタンド」には通り過ぎてゆく時代を客観視させる空気と酒があり人がいる。それだけで充分だ。スタンドのある街はシアワセだと思う。

京極スタンド
最近はかなりごはん系のメニューが増えたけれどごくごくプレーンなオムレツや串カツや鯉の洗いやなど昔からの定番メニューも健在。夜に行くよりも昼下がりや夕方にチョット飲みたい時に行きたくなる店。戦前を彷彿させる伝票や天井の大きなファンを見るたびに酒が時をつなぐことを知る。日曜日の昼下がりは競馬ファンが多く、夕方は大相撲、夜はプロ野球を適当に見ている。近所で働いている俺は仕事中に行く。

京都市中京区新京極四条上ル東側 
電話:075-221-4156 
営業時間:12:00AM→9:00PM 
定休日:火曜休

2008年04月21日 14:51

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