その20 王さんが通った街の中華料理店。「北京亭」

もっと早く来ておけばよかったと思った。

京都の大和大路を五条北へ上がった「北京亭」には、ラフな格好をされた世界の王貞治さんと調理服を着られたご主人の二人がなんとも穏やかで自然な笑顔を向けられている写真が貼ってある。この店のカウンターでの写真のようだ。

その横にはミスターこと長嶋茂雄さんとご主人のツーショットの写真が貼ってある。長嶋さんとの写真は王さんの写真と少し趣が違ってスーツをともにビシッと着られたチョットよそ行きの写真。

20年ほど前だったか、祗園から近いけれど歩けば少し遠い「北京亭」に初めて行った時はそのふたつの写真に気がつかなかった。祗園の甲部界隈や宮川町界隈で生まれ育った友人が多く、随分昔から「北京亭」がおいしいということをよく聞いていたので初めて行っていろいろ食べた時に「あー、もっと早く来ておけばよかった」と思ったことをよく覚えている。

「北京亭」はご夫婦で営まれているカウンターだけの小さな街の中華料理屋さん。料理は仕込みから始まりすべて一品ずつきっちりとご主人がひとりで作られ、奥様がそれをサポートしながらお客さんを接客されるというスタイルはまさに飲食店の原点。炒め物や酢豚や海老のチリソース、餃子や焼き飯も麺類も、この場所のこの小さな店からは想像しにくいほどのものがある。味がしっかりとしているけれど油も塩も濃すぎず、とても上品な味わいが人を必ず惹きつける。

初めて行くまでに時間がかかったが、一度行ってからよく行くようになった。何度か通っているうちに、カウンターの上の方に貼られている小さなフレームに入った王さんと長嶋さんの写真を見つけた。俺は店に貼られている有名人や芸能人の写真を見て店の人にその有名人や芸能人のことを話しかけたり質問したりすることを出来ないタイプなのだが、その二枚の写真が大好きな王さんと長嶋さんだったのでずっと聞くか聞くまいか迷っていた。

王さんはこの店のご主人と奥様が大好きなんだと思う。

けれどもある時、奥様に「王さん来られたのですか?」とだけ聞いてしまった。そして「そうなんです」と答えられた時、持っているお箸に力がクッと入った。意味もなくなんだかうれしくて仕方なかった。

それからそのことに触れずに何度か通っているのだが、ある日、珍しく客が俺だけになったので「いつ頃の王さんの写真ですか」と聞いた。「巨人の監督をお辞めになった時ですね」と答えられた。もうそれだけでジーンと来て話せなくなったのだが、奥様が「王さんはほんまにやさしい人ですよ。あんなええお方おられないわ」と言われたので俺は王さんの奥様のお骨が盗まれたことを思い出した。

数年前にWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)で王さんの顔がテレビに映る時、俺はこの人のいる時代に生きてきてよかったと思ったし、ハンカチ王子こと斉藤投手が夏の甲子園で活躍した年に早稲田実業のユニフォームを見るたび、王さんの病状の回復が気になった。

王さんが「北京亭」に来られた時、ご主人が料理を作る後ろ姿を見て親父を見ているようやと言われたらしい。そしてレバニラ炒めがお好きらしい。王さんはおそらくこの店のご主人と奥様が大好きなんだと思う。ご主人と奥様もきっとそうなんだろう。勉強になる。

北京亭
おおらかさと繊細さと誠実さを兼ね備えた王さんのファンなら行けばこの店の良さがきっとわかるはず。ひと品ひと品に心がこもっているとしか言いようがない。味にシビアな祇園や宮川町のお茶屋からも絶大な支持があるというのも理解出来る。とてもおいしい。

京都市東山区大和大路通五条上ル山崎町373
電話:075-561-6106 
営業時間:6:00PM→10:00PM(変動あり) 
定休日:月曜休

2008年06月25日 18:43

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